コラム

イギリス離脱交渉の開始とEUの結束

2017年05月08日(月)16時42分

頑ななEUの姿勢の背景

EU首脳会議の2日前の4月27日、ドイツの国会である連邦議会ではEU首脳会議でのドイツの交渉姿勢について議論が行われた。大連立政権を支える与党キリスト教民主同盟(CDU)・社会同盟(CSU)と社会民主党(SPD)は交渉に臨む決議案を提出していた。これはトゥスクEU理事会常任議長から提示されていたイギリス離脱交渉についての方針案を支持するものであった。

この決議案は、緊密な関係を維持してきたイギリスの離脱決定を遺憾としながらも、離脱の決定がされた以上は、市民の権利、イギリスの財政的義務、経済と国境に関する法的安定性を維持した上で、離脱を完了させ、その上で離脱後のイギリスとEUの関係を規定するという二段階交渉を支持するものであった。要するに欧州理事会で首脳が決議した文書と同じことが国内議会で事前に承認されており、メルケル首相は理事会に臨んだということである。

このことが意味することは、EUの頑なな姿勢はドイツの場合には非常に幅広い政治的な支持に基づいたものであるということである。しかし同時に、イギリスのEU離脱が交渉ごとであるとしても、ドイツの場合は議会の姿勢が文書としても表明されており、それを国会の議論で裏打ちした上で決議を採択しているので、メルケル政権の立場は明確に規定されている。ドイツにとって安易な譲歩はあり得ないということが国内政治の視点からも明白である。

ドイツの場合、欧州理事会の前後に連邦議会でその内容について議論することは一般的であるが、これはEUにおける政府の行動を議会がきちんとチェックするという意味を持っている。ドイツの憲法である基本法第23条は、EUを設立した欧州連合条約(マーストリヒト条約)の発効を前提として1992年に新たに規定されたものであるが、EUに関わる問題について議会に報告することを義務づけている。その後のドイツ連邦憲法裁判所の判決もあって、連邦政府には包括的かつ迅速に議会に対して報告することが義務づけられている。

EUにおける構成国の行動を見る場合、国内政治がどのように政府の行動を拘束しているか、制度的な拘束要件はどうなっているかについては常に留意が必要である。

イギリスに対する不信感

欧州理事会直前の4月25日、EUの行政機関欧州委員会のトップとしてユンカー欧州委員会委員長はメイ英首相とロンドンの首相官邸で会談した。イギリス側からは会談は建設的であったという一般的な発表しかなかったが、この会談の内容がドイツを代表する新聞であるフランクフルターアルゲマイネ(FAZ)紙に詳細にリークされた(Frankfurter Allgemeine Zeitung, 2017.05.01)。

EU側から漏らされたとされるが、ユンカー委員長は会談後、イギリスに対して10倍も懐疑的になったと発言し、イギリス側が離脱交渉をあまりにも簡単に考えていることを指摘した。EU側から見ると、離脱交渉は近年のクロアチアのEU加盟やカナダとの自由貿易協定のように複雑で最終的に何千ページにも及ぶ協定文書を作成しなければならないものであるが、メイ首相はEU離脱を単純に考えすぎていると批判された。

プロフィール

森井裕一

東京大学大学院総合文化研究科教授。群馬県生まれ。琉球大学講師、筑波大学講師などを経て2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授、2007年准教授。2015年から教授。専門はドイツ政治、EUの政治、国際政治学。主著に、『現代ドイツの外交と政治』(信山社、2008年)、『ドイツの歴史を知るための50章』(編著、明石書店、2016年)『ヨーロッパの政治経済・入門』(編著、有斐閣、2012年)『地域統合とグローバル秩序-ヨーロッパと日本・アジア』(編著、信山社、2010年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ休戦交渉難航、ハマス代表団がカイロ離れる 7日

ワールド

米、イスラエルへ弾薬供与停止 戦闘開始後初=報道

ワールド

アングル:中国地方都市、財政ひっ迫で住宅購入補助金

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story