コラム

ISがモクスクワテロの犯行声明を出してもプーチンが「ウクライナ犯行説」にこだわる3つの理由

2024年03月26日(火)20時10分
プーチン大統領

プーチン大統領(2019年10月、アルメニア・エレバン) Asatur Yesayants-Shutterstock

<証拠も示さずに「ウクライナの関与」を強調するのはなぜか。荒唐無稽なこの主張だが、ロシア政府の自己保身のためにはそれなりに筋が通っている>


・モスクワでのテロでIS-Kが犯行声明を出しており、アメリカ政府もロシア政府に事前にテロを警告していたといわれる。

・ところが、ロシア政府は証拠も示さないまま「ウクライナの関与」を示唆している。

・「真犯人は別にいる」と言わんばかりの主張をあえて行ったことには3つの理由が考えられるが、それらいずれもがプーチン政権の自己保身をうかがわせる。

「犯人はウクライナに向かった」

3月22日にモスクワ郊外のコンサートホールで発生し、130人以上が殺害されたテロ事件について、過激派組織「ホラサンのイスラーム国」(IS-K)が犯行声明を出した。

IS-Kはアフガニスタンを拠点とするテロ組織だが、2021年以降は周辺国での活動を活発化させている。

アメリカ政府だけでなく、テロ専門家の間でもIS-Kによる犯行という見方が支配的だ。ところがロシア政府は「ウクライナの関与」を主張している。

プーチン大統領は3月23日、ビデオメッセージで「実行犯のうち4人を拘束した」と発表した上で「彼らはウクライナに逃れようとしていたようだ」とも述べた。プーチンは具体的な内容には触れなかった。

ウクライナ政府は当初から関与を否定している。

IS-Kが犯行を主張しているのに、なぜロシア政府は証拠も示さないまま「ウクライナの関与」を強調するのか。そこには主に3つの理由が考えられる。

①国内向けの責任回避

第一に、ロシア国民に向けて「プーチン政権の失敗ではない」と強調するためだ。

報道によると、アメリカ政府は事前にロシア政府にIS-Kのテロを警告していた。とすると、「プーチン政権の怠慢がテロの犠牲者を増やした」となりかねない。

プーチンは3月15〜17日に実施された大統領選挙で再選を果たしたばかりだ。

しかし、この選挙は有力ライバルが投獄されたり、言論統制が行われたりしているなかで実施された。そのためロシア国内でさえ選挙日に若年層を中心とする抗議デモが各地で発生するなど、正当性に疑問が大きい選挙になった。

それを強行したプーチン政権は、治安維持や経済成長のパフォーマンスをあげなければ立場がない。

つまり「事前に警告されていたのに首都で多数の犠牲者を出すテロを防げなかった」となれば政権へのダメージが計り知れないからこそ、たとえ強引な主張であっても「アメリカの警告が正しかったわけではないし、政府の怠慢でもない」ことにしなければならないといえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年2月以来の低水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    走行中なのに運転手を殴打、バスは建物に衝突...衝撃…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    ロシア黒海艦隊「最古の艦艇」がウクライナ軍による…

  • 9

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story