コラム

異次元緩和からの「出口」をどう想定すべきか

2017年04月10日(月)14時00分

baona-iStock

<異次元緩和政策はその出口において大きな金融上の混乱を引き起こすという脅迫めいた見方が流布されているが、金融市場の混乱や日銀の金融政策運営上の困難をもたらすという可能性はほとんどない>

2017年2月の日本の完全失業率は2.8%となり、バブル崩壊によってデフレ不況が定着した90年代半ば以降は久しく見ることができなかった2%台の失業率という数字がニュースのヘッドラインを踊った。他方で、運送業などの厳しい人手不足がしばしば話題になっているにもかかわらず、日本の労働市場全体としては、それほど目立った賃金の伸びは見られない。結果として、日本の物価上昇率は依然として低いままに留まっている。

これらの事実は、日本経済が完全雇用を達成したと想定できる「完全雇用失業率」が、現状の2%台後半よりもさらに低い可能性を示唆している。要するに、日本経済にはまだ、失業率をより一層低下させられるだけの「伸びしろ」が残されているということである。

日本の完全雇用失業率が2%台の前半なのか半ばなのか、そしてそこにどのくらいのタイムスパンでたどり着くのかは、おそらく誰にも分からない。分かっているのは、このまま完全失業率が低下し続けていけば、必ずどこかの時点で賃金と物価の上昇が始まるという点である。それがまさに、日本が完全雇用に到達したことの証しとなる。新卒の労働市場がもはや完全に売り手市場となり、多くの業種で人手不足が喧伝されている現状を見れば、それはおそらく、それほど遠い先のことではない。

もちろん、現状ではまだ需給ギャップは埋まっておらず、完全雇用にも至っていない。したがって、金融政策にせよ財政政策にせよ、引き締めを行う理由はまったくない。とはいえ、現在の財政および金融政策の最終的な目標は、あくまでも完全雇用の早期達成である。そしてそれは、時期は分からないにしても、いつかは実現される。その後には、現状の政策からの「出口」が実行されなければならない。具体的には、財政の場合であれば財政赤字の縮小、金融政策の場合には金利の正常化が実行されることになる。

本稿は、こうした「出口」に係わる諸課題のうち、現在の黒田日銀による金融政策、いわゆる異次元金融緩和政策からの出口問題を考察する。この課題をやや先走ってここで論じるのは、異次元緩和政策はその出口において大きな金融上の混乱を引き起こすという脅迫めいた見方が、異次元緩和を批判し続けてきた一部の論者やメディアから盛んに流布されているからである。

結論的にいえば、異次元金融緩和からの出口が、金融市場の混乱や日銀の金融政策運営上の困難をもたらすという可能性はほとんどない。それはむしろ、日銀の長期金利操作の結果として、「気付かれないうちに粛々と」実現される可能性が高い。

「出口」における中央銀行バランスシートの圧縮

2008年9月のリーマン・ショック以降、アメリカのFRB、イギリスのBOE、欧州のECB、日本の日銀といった主要中央銀行は、政策金利としての短期市場金利の操作という「伝統的金融政策」から、量的緩和やマイナス金利政策といった「非伝統的金融政策」へと移行した。そして、それら非伝統的政策の結果、中央銀行が供給するベースマネーは拡大し、そのバランスシートは膨張した。量的緩和の出口とは、中央銀行がこの拡大したベースマネーを保有資産の売却を通じて吸収し、最終的には短期市場金利を引き上げられるところまで自らのバランスシートを圧縮させることである。

このような意味での量的緩和の出口を実現する最も単純直裁な方法は、短期市場金利がその下限から離れて自然に上昇していくようになるまで、中央銀行が徹底してベースマネーを吸収し続けることである。それを実際に行ったが、福井俊彦総裁時代の日銀であった。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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