コラム

「上から目線」の敵失がもたらしたサントラムの「3連勝」

2012年02月10日(金)10時32分

 今回の共和党の大統領予備選・党員集会では本当に一日刻みでモメンタムが動く中で、事前の世論調査というのは裏切られっぱなしです。中でも今週の火曜日、7日に行われたミネソタ州、ミズーリ州、コロラド州の党員集会で、リック・サントラム候補が3連勝するというのは、ワシントンの政治通にも予想はできなかった正にサプライズでした。

 勝因というのは三つあると思います。

 一つは直前までトップランナーとして盤石だと思われていたロムニー候補の「貧困層」を巡る発言でした。ロムニーは1月31日のフロリダ予備選で勝利し、ギングリッチの勢いを止めると共に、このまま一気に代表候補へと突っ走ると思われたのです。ところが、その翌日の1日の遊説で、思わぬミスを犯してしまいました。

 話としては、「自分は95%の中間層についての雇用や経済状況の問題を本当に親身に考えている」ということが言いたかっただと思います。ですが、口が滑ったというのか、彼は「最貧層の心配はしない。最貧層に関してはセイフティーネットが機能しているし、仮にそこに問題があれば自分が改善する」という表現をしてしまったのです。

 この「最貧層に関しては心配はしない "not concerned about the very poor."」という部分だけが、ものすごい勢いで独り歩きしていきました。本人としては「民主党のように貧困層へのバラマキで政府を肥大化することはしない」とか「自分は中間層の痛みを分かっている」ということが言いたかったのでしょう。全体の流れを考えれば問題はないはずです。

 ですが、ここ数週間のロムニーは「黙っていても年収1000万ドル(8億円弱)の資産性所得があり、しかも14%の軽減税率しか払っていない」、つまり上位1%の億万長者そのものではないかと批判されていたわけです。そこへこの「ベーリー・プア」発言というのは、言葉尻を捉えた批判には過ぎないものの、「やはりロムニーというのは上から目線」だという印象になったわけです。そのモメンタムをサントラムが「かっさらって行った」ことになります。

 二つ目は、ロムニーとギングリッチの中傷合戦です。フロリダでは、双方の系列のスーパーPAC(候補とは別団体の政治活動団体)が日本円で言えば何億というケタのカネを投じて、醜悪な中傷合戦を繰り広げていました。その悪いイメージが限度を超えていたのだと思います。中傷合戦というのは、戦っている同士はヒートアップして何も感じないのですが、第三者の目からすると「お互いにそこまで相手を叩くというのは、何とも偉そうな」という、これも一種の「上から目線」を感じてしまうわけです。

 アメリカの選挙における中傷合戦というのは、「えげつない中傷で、相手の消極的支持者に対して投票を躊躇させ、棄権に追い込む」というのが普通なのですが、今回は党内の予備選であって、党内の「未決定層」を奪い合うという文字通り「仁義なきバトル」となったわけです。それが結果的には、ロムニーもギングリッチも「あそこまで偉そうに言えるのか」という悪印象になり、サントラムには「漁夫の利」になったと見ることができます。

 三つ目は、宗教の絡んだ妙な動きです。1月の下旬にオバマ政権は、次のような発表をしました。「健康上の理由等で経口避妊薬(ピル)を処方されている女性に対して、宗教団体や宗教系の病院や学校などの雇用者が保険適用を否定することで、当該宗教の非信徒である女性が不利益を被ることは防止しなくてはならない」というのです。

 オバマ政権としては、あくまで保険制度の運用上の欠陥を埋めるための行動だったのですが、これにアメリカのカトリック教会が噛み付いたのです。その結果として、政治的なムードとしては「中絶問題や避妊問題など社会価値観ではやっぱりオバマと強力に対決できる」候補がいいという雰囲気になったようです。

 ちなみにアメリカのカトリックというのは、プロテスタント系の南部バプティストなどとは違って、柔軟で穏健です。普段は宗教保守派的な「北部リベラルへの怨念」などは見せないのです。ですが、今回は例外的に強く反応したのです。ちなみに、リック・サントラムという人はカトリックで社会価値観についても強硬な保守派で鳴らしているので、うまくこの問題の「ツボ」にはまったということが言えるでしょう。

 ちなみに宗教保守派にしてもカトリックにしても、実際のところは経口避妊薬の普及は相当に進んでいると思います。ただ政治的に先鋭的な特に男性は、オバマ政権の措置を「保守の価値観への挑戦」と受け取ったのでしょう。

 そのサントラム候補は、「3連勝」という結果を受けた勝利集会ではもうロムニーへの攻撃はしませんでした。あたかも自分が本選でオバマに挑戦をしているかのように、オバマ批判を繰り広げたのです。「オバマはエリートだ。自分が偉いと思っている。自分は何でもできると思っている。ということは俺についてこい、俺がこの国を統治するということ。そんなのは我々の代表ではない・・・」

 拙著の話になりますが、私は近著の『「上から目線」の時代』の中で、アメリカでは対等なコミュニケーションがデフォルトなので、「上から目線」は日本のように目立たないという指摘をしています。ですが、今回の選挙戦の様相を見ていますと、ロムニー叩きといい、オバマ叩きといい、そこにあるのは「上から目線への批判」であり、そのレトリックは日本と同じように露骨になってきているようです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノババックス、サノフィとコロナワクチンのライセンス

ビジネス

中国高級EVのジーカー、米上場初日は約35%急騰

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 5

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 8

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 9

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story