コラム

どこが違う? トランプ・ロシア疑惑とウォーターゲート

2017年05月23日(火)17時00分

こうした違いに加えて3番目の問題として、世論の反応が異なるという点があります。ニクソンの場合は、スキャンダル勃発時にはとにかく大統領として成功していました。ベトナム戦争に出口の道筋をつけ、米中和解、米ソ軍縮、沖縄返還、ドル防衛など大きな成果を挙げて、二期目をかけた選挙では歴史的な勝利を収めていたのです。

そもそもニクソンという人は、1950年代に8年間にわたってアイゼンハワー政権の副大統領を経験しているなど、大政治家だったわけです。そのニクソンが、政権の内部で極めて醜悪な形で「犯罪のもみ消し工作」に手を染め、そこで巨大な権力の濫用をしていたという事実は「その落差の激しさ」ゆえに、アメリカ社会に衝撃を与えたのです。ですから、野党・民主党の支持者だけでなく、共和党支持者にとっても広範な怒りと失望を引き起こしました。

これに対して、トランプに対する世論の姿勢は全く異なります。まず野党の民主党支持者ですが、彼らは一連のスキャンダルについて、非常に強い関心を示しています。ですが、ショックを受けているかというと、そうではなく「どうせトランプ政権の関係者なら、いかにもやりそうなこと」だと、その政権が崩壊していくのを期待して興味本位で眺めている、そんな雰囲気が濃厚にあります。

【参考記事】トランプ弾劾への道のりはまだ遠い

一方で、共和党サイドですが、例えば保守系のFOXニュースなどは、特別検察官が任命されたにも関わらず、「ロシア疑惑の話は全部フェイクニュース」「CNNの大統領に関する報道は90%がアンチで、完全に偏向」といった「放言」を垂れ流しています。その上で今でも「獄につながれるべきなのはヒラリー」だなどというようなコメントが放映されているのです。

ということは、「この程度」の疑惑ではトランプのコアの支持者は全く「懲りていない」どころか、「容疑は全部ウソ」という「もう一つの真実」を信じてしまっているわけです。特に連邦下院の共和党議員の中に、スキャンダルが深化しつつあるにも関わらずトランプ擁護の声が残っている背景には、こうした選挙区事情もあるようです。

そもそも、今回のスキャンダルについては「トランプというキャラクターならやりそうなこと」として、それほどの衝撃を感じない、そうした心理が世論全体のホンネの部分にあるということです。こうした風潮は、大統領の側には「逃げ切れる」という感覚を生むでしょうし、これに対して野党やメディアの方は「一本調子で怒るしかない」ということになります。つまり、政治的な膠着状態に陥る危険が大きいということです。

その意味では、一部の側近の違法行為を暴くだけならともかく、政権そのものを弾劾という形に追い詰めるのは、そう簡単ではないでしょう。いくらテクノロジーが発達しているといっても、捜査にはやはり相当な時間がかかると見ておく必要がありそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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