コラム

兼業解禁でサラリーマンの「全人格的帰属」は変わるのか

2017年11月24日(金)14時50分

一番のメリットは時間拘束に歯止めがかけられること Drazen_/iStock.

<厚労省が「働き方改革」で提示した正社員の副業・兼業推進案は、一つの会社に全人格的に帰属する日本の常識を変えるきっかけになるかも>

日本の厚生労働省は11月20日、「働き方改革」の一環として正社員の副業や兼業を推進する方向の「ガイドライン案」を有識者会議に提示しました。この案では、副業や兼業は、労働者と企業それぞれにメリットと留意すべき点があるとして、次のような指摘をしています。

まず労働者のメリットとしては(1)主体的にキャリアを形成することができる、(2)自己実現を追求することができる、(3)所得が増加する、(4)将来の起業・転職に向けた準備ができるという4点を挙げている一方で、留意点、つまり懸念としては、労働者自身による就業時間や健康の管理が一定程度必要、(2)職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務(現業と競合する企業で働いたり、競合する会社を設立したりしない)を意識することが必要としています。

一方で厚労省「案」では、企業側のメリットとしては、労働者が社内では得られない知識・スキルを獲得するとか、優秀な人材の獲得・流出の防止ができる、労働者が社外から新たな知識・情報や人脈を入れることで、事業機会の拡大につながる、などという説明がされています。

この「兼業規制緩和」ですが、1番のメリットは「たとえ正社員であっても終業後や休日の時間帯は、副業の就労機会である」という「権利」が確認されることで、いわゆる「サービス残業」「突発残業」「付き合い残業」「付き合い酒」と言った「際限のない時間拘束」に歯止めがかけられるということだと思います。

やろうと思えば、別の職場で稼ぐことができるのであれば、就業以外の時間も一種の経済価値があるわけで、その保証をすることは「突破口」として終業後や休日の時間を、労働者個人の「自由になる時間」として確認できることになります。そうなれば、「先進国中最悪」と言われるホワイトカラーの生産性が向上し、さらにはワーク・ライフ・バランスが改善する可能性も考えられます。

この「際限のない時間拘束」という観点では、残業に加えて出張も見直しが必要だと思います。出張の場合の「移動時間や出張先での宿泊など会社の管理に服さない時間は、時間外であれば労働時間とはみなさない」というのが、日本の労働慣行であり、法律や判例もこれを認めています。

ですが、そうした形で「個人の時間が侵食」されることで、子育てなどとの両立が困難になるのは問題です。「兼業を認められた人」が出てくることで、出張という「時間外に及ぶ拘束」についても歯止めが掛かるのであれば、それも良いことだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

三菱UFJFG、発行済み株式の0.68%・1000

ワールド

中国、台湾新総統就任控え威圧強める 接続水域近くで

ワールド

米財務省、オーストリア大手銀に警告 ロシアとの取引

ビジネス

MUFG、今期純利益1兆5000億円を計画 市場予
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story