最新記事

映画

暴虐大統領の逃亡を描いた『独裁者と小さな孫』

モフセン・マフマルバフ監督が、新作の『独裁者と小さな孫』で伝えたかったこと

2015年12月15日(火)16時00分
大橋 希(本誌記者)

運命の日  冒頭画面から引き込まれる『独裁者と小さな孫』(日本公開は12月12日)

 美しくきらめく夜の首都。執務室で仕事を終えた老独裁者が孫を膝に乗せ、ある「遊び」をしている。電話で一言命じると、街の様子が一変。孫は大喜びだが、思い掛けない事態が起きて──。そんな冒頭部分を見ただけで、強く引き込まれる。「この映画には何かがある」と。

『独裁者と小さな孫』は、イラン出身のモフセン・マフマルバフ監督の最新作。クーデターで政権を追われた大統領と孫の逃避行を描くロードムービーだ。

 アラブの春に触発された作品かと思ったが、9年前にアフガニスタンのカブールで廃墟の宮殿から街を眺めていたときにアイデアが浮かんだのだという。その後、アラブの春の成り行きを見ながら脚本を直していった。「これからも独裁者、革命、独裁者、革命という繰り返しは起きる。だから国名も人物名も伏せ、どの国にも当てはまる設定にした」とマフマルバフは言う。

 登場人物たちには、現実の事件やニュースで見た光景や人物が重なる。例えば大統領が穴から引きずり出される場面で想起されるのは、イラクのサダム・フセイン元大統領。暴力が暴力を呼び、独裁を倒した者たちが非道を働くというのも現実世界と同じだ。

「飛行場の場面で、われわれイラン人は元国王モハマド・レザ・パーレビを思い出す。大統領のボディーガードが逃げ出すのは、同じことがウクライナで起きた。ウクライナが僕の映画をまねしたと思ったね」と、マフマルバフは笑う。

最後に待ち受ける運命は

 ロードムービーならではの勢いや、ふと心が緩む瞬間の間合いは見事だし、行く先々で出会う人々の言葉もさまざまな感情を呼び起こす。それでもやはり物語を牽引するのは孫の存在だ。

 残酷な独裁者にもあった子供時代、純粋な彼が将来は独裁者になる可能性、不正や暴力についての疑問など、多くの視点を体現する。彼なしに映画は成立しない。「落ち着きがあり集中できる男の子」を苦労して探し出し、リハーサルにも時間をかけただけあり、孫役のダチ・オルウェラシュウィリは見事に観客の心をつかむ。

 逃亡のさなか、自らの圧制下で苦しんできた人々の現実を目の当たりにする大統領をどんな運命が待ち受けるのか。マフマルバフのメッセージは単純過ぎるほど単純だ。「重要なのは誰が殺される、殺されないということではない。とにかく暴力はいけないと伝えたかった」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ラファ住民に避難促す 地上攻撃準備か

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月も50超え1年ぶり高水準 

ビジネス

独サービスPMI、4月53.2に上昇 受注好調で6

ワールド

ロシア、軍事演習で戦術核兵器の使用練習へ 西側の挑
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中