最新記事

映画

黒人少年の内面の旅にそっと寄り添う『ムーンライト』

2017年4月7日(金)17時00分
デーナ・スティーブンズ

マッチョな麻薬の売人になったシャロンの心の中には気弱な少年がいる (c)2016 A24 Distribution, LLC

<オスカー3部門をさらった『ムーンライト』は、詩的な映像で観客を魅惑する静かで繊細な作品>

アメリカ映画に若い黒人男性が登場したら、この男がやることは大体想像がつく。麻薬を売るか麻薬中毒になるか。そしてけんかをして警官に追われ、逮捕されて刑務所に入る。まともな女性と恋に落ちることもあるが、まともな女性を虐待することのほうが多い。

作品賞など3部門のオスカーに輝いたバリー・ジェンキンス監督の『ムーンライト』の主人公(子供時代、高校時代、大人になってからを3人の俳優が演じる)も、いま述べた行動のいくつかをやるが、従来の映画では黒人男性が決してやらなかったこともする。

例えば彼は、したたかでマッチョなステレオタイプの黒人男性像に自分が合わないことに苦しむ。映画のタイトルでもある月明かりの夜には、浜辺で男友達とキスをする。

それ以上に驚くのは、彼が泣くことだ。1度だけではない。何度も泣く。時には孤独と怒りから、時には安堵と感謝の気持ちから。

この映画は観客に多くの贈り物を与えてくれる。キャスト全員の素晴らしい演技、詩的なカメラワーク、美しい音楽などだ。しかし観客が受け取る最大の贈り物は心を洗う涙の洪水だろう。この無駄を削ぎ落した感動的な映画が終わるまでに、観客は大量の涙を流すことになる。

【参考記事】ホモフォビア(同性愛嫌悪)とアメリカ:映画『ムーンライト』

ジェンキンス監督は劇作家のタレル・アルビン・マクレイニーの戯曲を基にこの映画を作った。2人はたまたまマイアミの同じ黒人地区の出身で、年が違うため子供時代は出会わなかったが、大人になってから一緒に仕事をすることになった。2人とも映画の主人公と同様、母子家庭育ち。母親が麻薬依存症という境遇も同じだ。

アレックス・ヒバート演じる子供時代の主人公は「リトル」と呼ばれる痩せっぽちで内気な少年。マイアミの低所得者向け公共住宅で麻薬依存症の母親(ナオミ・ハリス)と暮らす。ある日いじめに遭ってあばら屋に逃げ込んだリトルは、麻薬密売人のフアン(マハーシャラ・アリ)に見つかる。

フアンは怯え切った少年を哀れに思い、家に一晩泊めてやる。フアンの同棲相手テレサ(ジャネル・モネイ)が温かい食事を出してくれ、リトルは生まれて初めて家庭のぬくもりらしきものを知る。それからはフアンとテレサが親代わりになり、母親が夜遊びに行った晩は家に泊めてくれたり、海で水泳を教えてくれたりする。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

円安、基調的な物価上昇率に今後影響してくるリスクあ

ビジネス

フィッチ、米地銀NYCBを格下げ

ビジネス

アマゾン、南アフリカでネット通販サービスを開始

ビジネス

過度な変動への対応、介入原資が制約とは認識してない
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 6

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 10

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中