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インフレターゲットがうまくいかない理由

2017年7月14日(金)10時00分
ダニエル・グロー(欧州政策研究センター所長)

Alex Williamson-Ikon Images/GETTY IMAGES

<2%という物価上昇率の目標の達成にこだわらずに、中央銀行は金融緩和からの出口政策を探るべき>

日米欧の中央銀行が悩ましい問題を抱えている。経済成長が加速しても、なかなかインフレが進まないのだ。

インフレ目標政策の下、それぞれの中央銀行は目指すべき物価上昇率を設定してきた。例えばECB(欧州中央銀行)は「2%未満だが、その近辺」というインフレ目標を掲げている。だが今のところ、実現させるのは難しい。

中央銀行は、インフレをじかに誘導しようとは考えていなかった。だが08年の世界金融危機の後、超低金利と金融緩和を通じて投資と消費を増やせるのではないかと考えた。翌09年には、金融市場が大混乱にあるなか、米FRB(連邦準備理事会)が資産購入による量的緩和に踏み切った。ECBもデフレをユーロ圏の脅威と見なし、14~15年に量的緩和を実施した。

FRBの政策は確かに金融市場の安定化に寄与した。ECBも、市場正常化後は国債などの購入が経済成長の火付け役となって雇用を創出したと主張する。

しかし、効果はそこまでだった。労働市場が逼迫すれば賃金が上昇し、ひいては物価が上がるはずだった。だが現実は、物価上昇率と失業率の関係を示す「フィリップス曲線」のようには展開しなかった。アメリカでも日本でも失業率は低いというのに、想定された勢いでは賃金が上がっていない。アメリカでは賃上げが期待どおりに物価に反映されない。

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その原因はよく分からない。昨年は原油安のせいかと思われた。だが、原油価格が持ち直してもインフレ率は低いままだ。

構造的な要因として、消費者物価指数(CPI)構成品目の価格が徐々に下がるという現実もある。人件費が安い国々で効率よく生産されるようになるからだ。ネット通販に押されて小売業が苦戦している背景もある。

想定されながらも「起こらないインフレ」の問題は、特にユーロ圏と日本で深刻だ。インフレ目標の達成こそ金融政策の成功だと位置付けてきた日本銀行とECBは、窮地に陥っている。

FRBはそこまで厳しい状況にはない。米経済ではインフレが相対的に高めに推移している。また、FRBには、物価安定のほかに完全雇用の実現という使命もある。後者の達成で1つの勝利宣言をし、利上げを行うことが可能だ。

ユーロ圏には別の困った事情がある。経済危機前のバブル期に、ユーロ圏の中核国ドイツは高失業率と賃金停滞に悩まされていた。周辺国は物価も賃金も急上昇したのだが、やがて競争力を失った。金融危機対策として、各国は輸出を増やすしかなかった。

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