最新記事

生命倫理

苦しまない安楽死マシンなら死を選びますか?

2017年12月13日(水)19時00分
ニコール・グッドカインド

安楽死の仕組みはこうだ。利用希望者は事前にオンラインで精神的に健康かどうかを調べるテストを受ける。合格すると、24時間有効なアクセスコードが送られてくる。カプセル内のタッチパッドにそのコードを入力し、本当に死を希望するかという質問に回答すると、サルコのカプセルに窒素が充満し、酸素濃度が5%まで下がる。利用者は1分以内に意識を失い、数分後に死亡する。

サルコを使った死は他の方法と比べると無痛に近いと、ニチキは断言する。飛行機の機内で急減圧が起きた時のように、窒息状態になって苦しむことがなく、楽に息を引き取れると言う。サルコの運用開始は来年を予定している。ニチキはすでに、スイスの合法的安楽死クリニックとサルコの利用に向けた話し合いを進めている。

ここ20年間、医師の助けで安楽死をする権利はワシントン州、カリフォルニア州、バーモント州、オレゴン州、ヨーロッパ諸国などで続々と認められてきた。アメリカのベビーブーマー世代(1946~1964年生まれ)の高齢化がきっかけだと、ニチキは言う。「世代によって、安楽死に対する考え方がまるで違う」と彼は言う。「ベビーブーマー世代は、自分の死をコントロールしたい気持ちが強い。年老いた時、子供のように頭をなでられ、あれこれ指示されるのが嫌だからだ」

緩和ケアか死か

医師による自殺幇助に関して、州や国は独自の解釈に基づく規制を設けている。だが死ぬ権利は人権そのものであり、医療や法律が決めるべき特権ではないというのが、ニチキの信条だ。死を選んでもよい病気の程度を定めた規則なんかに、誰も縛られるべきではないと彼は言う。

「穏やかな死を迎えるのは、理性的な成人に与えられた権利だ」と、ニチキは言う。「70歳以上の人は皆、自分の意思で死ねるべきだ」

当然、ニチキの意見には反論もある。「医師としても、倫理上も、公共政策上も、有害だ」と、米ジョージタウン大学で生物医学倫理学を研究するダニエル・サルマシー教授は本誌に語った。「殺人行為を治療に見せかけているだけだ。今は緩和ケアでかつてないほど苦痛を取り除くことができるのに、その現実を無視している」。緩和ケアとは、癌など終末期の病気と闘う患者の苦痛を和らげ、生活の質を向上させることだ。

自殺幇助は、あらゆる倫理的思考を根幹から覆す行為だと、サルマシーはみている。倫理的思考とは、人が人として生きること自体に価値を認める考え方だ。自殺幇助は身体障害者や死を目前にした患者に対しても、社会の重荷になるなら死を選ぶべきとする誤ったメッセージを与えると、彼は言う。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

EUと米、ジョージアのスパイ法案非難 現地では抗議

ビジネス

EXCLUSIVE-グレンコア、英アングロへの買収

ワールド

中国軍機14機が中間線越え、中国軍は「実践上陸訓練

ビジネス

EXCLUSIVE-スイスUBS、資産運用業務見直
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中