最新記事

生命倫理

苦しまない安楽死マシンなら死を選びますか?

2017年12月13日(水)19時00分
ニコール・グッドカインド

誰でも自分の死を選べるべきだというニチケ医師。手に持っているのは自分用の自殺キット Stefan Wermuth-REUTERS

<安楽死を研究してきた豪医師が作った最新の自殺幇助装置とは?安楽死する権利は認められるべきか?>

オーストラリアのフィリップ・ニチキ医師(70)は、「自殺幇助のイーロン・マスク」を自称する。自ら開発した自殺幇助装置「サルコ(Sarco)」も、マスクが開発した電気自動車、テスラの「モデルS」に匹敵する技術革新だと考えている。

オーストラリア南東部のビクトリア州が11月29日に安楽死を合法化する法案を可決したのを機に、本誌はニチキに話を聞いた。安楽死が合法化されたのはオーストラリア・ニュージーランドを通じてこれが初めてとして注目を集めたが、ニチキは以前にも自殺幇助をしたことがある。オーストラリア北部の準州ノーザンテリトリーが、1996年から翌年までの短期間、安楽死を合法化した時だ。

ニチキは若い頃から安楽死に興味を持ち、アメリカの有名な安楽死の推進者ジャック・ケボーキアン博士の研究に傾倒した。ケボーキアンが考案した「死の装置」に魅せられたニチキは、その進化版として「ザ・デリベランス」と名付けた自殺幇助装置を開発した。静脈注射のチューブとノートパソコンを接続しただけの原始的なものだったが、役目はちゃんと果たした。あらかじめパソコンに入れたプログラムを使って、患者本人の意思を確認したうえで、致死量の鎮静剤を投与する仕組みだった。ノーザンテリトリーで安楽死が再び非合法化される1997年までの1年間に、ニチキは4人の患者を安楽死させた。

見た目は宇宙船

非合法化された後も、「死にたいと言ってやって来る患者が後を絶たなかった」とニチキは言う。「ここ20年は、合法化に向けた戦いの日々を送ってきた。それが今、実を結んだ」

ニチキは1997年に安楽死の合法化を推進する非営利組織「エグジット・インターナショナル」を設立。2006年には最も痛みが少なく効率的な自殺の方法を説明した著書『ザ・ピースフル・ピル・ハンドブック』を出版した。

その間もずっと、ニチキは死の装置の技術革新に挑み続けた。呼吸器に一酸化炭素を流し込んで窒息死させる装置も開発した。信頼性は高かったが、人気が出なかった。患者たちは、見苦しい呼吸器を付けた格好でこの世を去りたがらなかったのだ。

最新作のサルコは、見た目の問題を解決した。サルコはおしゃれで豪華だと、ニチキは強調する。宇宙船のような外観は、これから旅立つ偉大な未知の世界を思わせるデザインだ。サルコのベース部分には、液体窒素と、取り外し可能なカプセルが備え付けられている。カプセルは利用者が死んだ後、棺として代用可能だ。設計図は一般に公開するので、3Dプリンターさえあれば世界中どこでも作れるようになるという。テスラの高級セダンが「モデルS」なら、これはさしずめ死の「モデルS」だ。

webt171213-sarco01.jpg
3Dプリンターで制作可能な自殺幇助装置「サルコ」 SARCO

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国、月の裏側へ無人探査機 土壌など回収へ世界初の

ビジネス

ドル152円割れ、4月の米雇用統計が市場予想下回る

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3

ビジネス

英サービスPMI4月改定値、約1年ぶり高水準 成長
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中