最新記事

尊厳死

イタリアで初の合法的な安楽死──44歳元トラック運転手の最期の言葉

2022年6月20日(月)16時20分
田中ゆう

「私はやっと好きなところに飛んでいけるようになった」とカルボーニさん(写真はイメージ) sittithat tangwitthayaphum-iStock

<44歳の男性は首から下が麻痺した状態だった。自立できないことで自尊心は失われ、心身ともに「大海を漂う船」のようになってしまったという>

イタリアで44歳の男性フェデリコ・カルボーニさんが医学的な自殺幇助によって6月16日(現地時間)に死亡した。同国では初めてのケースだ。

生前カルボーニさんは、尊厳死する権利を求める活動団体「ルカ・コシオーニ協会」に所属し、裁判所や保健当局を相手に裁判を起こし闘っていた。

厳密に言うと、イタリアでは誰かが自ら命を絶つのを助けることは法律違反にあたる。しかし2019年、イタリア憲法裁判所は自殺幇助について、厳しい条件をつけながら、一定の例外があり得るとの判決を下した。

最期の言葉

ドイツ国際公共放送ドイチェ・ヴェレの報道によると、カルボーニさんは、特殊な機械で致死性の薬物カクテルを自己投与した後、息を引き取った。

最期は家族や友人らが立ち会いカルボーニさんを見送ったという。

カルボーニさんは元トラック運転手で、10年前に交通事故で負った怪我のため首から下が動かなくなってしまった。

四肢麻痺のため、介護は24時間体制。常に誰かの手を借りなければ日常生活さえままならない状態を悲観した。他人への依存の上に自分があること、自立したいという願いは2度と叶わないという状況で過ごすのは、まるで「大海原を漂う船」のような状態だったという。

ルカ・コシオーニ協会は生前のカルボーニさんの言葉を伝えている。「人生に別れを告げたことを後悔していることは否定しない」「しかし、私は今、精神的にも肉体的にも限界にきています」

「今、私はやっと好きなところに飛んでいけるようになった」

長い法廷闘争

イタリアで尊厳死を認める法律が施行されたのは、2018年1月31日。「患者は医療処置を拒否することができ、医師は患者の意思を尊重しなければならない」などの内容だ。

自殺をタブー視するカトリック教徒が国民の8割を占める同国で、それもカトリックの総本山バチカンのお膝下で尊厳死の権利が認められるまでには大きな苦労があった。

世論が動いたきっかけになったのは、2017年のこと。事故で四肢麻痺なった40歳男性が、医師による自殺幇助が認められているスイスに渡航し亡くなった際に同行した人が自殺幇助の容疑で逮捕されたのだ。

これを受け、同年の11月にローマ教皇フランシスコが、治療中止は「道徳的に正当」と尊厳死を認める発言をし、尊厳死法案は可決されるに至った。

しかし、事はすんなり進まなかった。カルボーニさんの尊厳死は当初、医療当局の拒否にあい、裁判に発展した。倫理委員会から許可を得たのは2021年11月。カルボーニさんはイタリアで初めて尊厳死する法的な承認を得た人物になった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB当局者内の議論活性化、金利水準が物価抑制に十

ワールド

ガザ休戦合意へ溝解消はなお可能、ラファ軍事作戦を注

ワールド

ガザ休戦合意に向けた取り組み、振り出しに戻る=ハマ

ビジネス

米住宅供給問題、高水準の政策金利で複雑化=ミネアポ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカネを取り戻せない」――水原一平の罪状認否を前に米大学教授が厳しい予測

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 9

    「一番マシ」な政党だったはずが...一党長期政権支配…

  • 10

    「妻の行動で国民に心配かけたことを謝罪」 韓国ユン…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 7

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中