コラム

米朝首脳会談は「筋書きなきドラマ」なのか

2018年05月29日(火)16時45分

Kevin Lamarque、Korea Summit Press-REUTERS

<首脳会談開催というところに落ち着くことはある程度、落としどころに向かって展開されるドラマであった。しかし「筋書きのないドラマ」はこれからである>

5月後半に入ってからの米朝首脳会談を巡る両国のやり取りは激しく変動し、日々の新聞でさえ、朝読んだ記事が夜には全く役に立たないものになってしまうような状況である。こうした「筋書きのない」ドラマの先を読むのは極めて難しく、また情報が極めて限られている北朝鮮と、思いつきと独断でどんどん決済していくトランプ大統領の思考は、いずれも何がどう作用しているか見えないだけに、客観的な事実から何が起こっているのかを推測することすら困難である。

こうした不透明性が高く、予測不可能な状況にあって、それでも観察者は何らかの仮説を立て、数少ない情報を集めて、このやり取りを何らかの理屈で説明しようとする。しかし、その仮説を立てる段階で、「トランプ大統領は不動産業出身だから」とか「金正恩は三代目の世間知らずだから」などと観察者の主観に基づいた前提を立て、それに基づいて事態を分析しようとする。そのため、十人に聞けば十通りの答えが返ってくるので、こうした情勢分析を専門としない人たちから見れば、一層混乱する状況になっている。

本稿もそうした中で11番目の答えを付け加えるだけのものになることを自覚しつつも、それでも筆者なりの仮説を提示し、現状を何らかの形で理解する手助けになる議論を展開したいと考えている。当然ながら、筆者はアメリカ政治の専門でも、北朝鮮政治の専門でもなく、核不拡散や国連制裁という観点から北朝鮮の核開発を観察してきただけなので、この分析が適切だと主張する根拠も自信もない。しかし、イラン核交渉から核合意に至るプロセスを間近で観察し、少なからずこの問題をフォローしてきたので、その立場から見えてくるものを少し紹介してみたい。

米朝首脳会談を巡る仮説

アメリカのトランプ大統領、北朝鮮の金正恩委員長とも「予測不可能性」と「独断による決定」を旨とし、自らの交渉を個人単位で取り仕切ろうとする傾向がある。通常、首脳会談、とりわけ史上初となる米朝首脳会談ほどの政治的インパクトの大きい交渉であれば、双方とも失敗を恐れ、事務レベルで入念に調整し、合意に至らない部分を最後の首脳会談で詰めて問題を解決するという手順をたどる。

しかし、最側近ですら意見を申し述べる間も与えず、即断即決で首脳会談の開催、中止、再開に向かう手はずまで整えていくというのは、米朝両国が極めて大きな裁量を持つ首脳だから可能になったことと言える。とりわけトランプ大統領は3月中旬にティラーソン国務長官を、また3月下旬にはマクマスター安保担当大統領補佐官を解任し、いわゆる「大人達(grown-ups)」によって制止されることがなくなったこと、加えて後任としてポンペオ国務長官、ボルトン安保担当補佐官と、トランプ大統領に忠誠を誓い、価値観を共有するスタッフに囲まれることで、その自由度はかなり高まったと言えよう。独裁体制を敷く北朝鮮はいわずもがなである。

また、その仲介役を担う韓国の文在寅大統領もフットワークが軽く、南北の関係改善と米朝首脳会談の成功を最優先課題とし、そのためならあらゆる努力を惜しまない姿勢を見せていることで、極めて短期間で事態が動く状況にある。言い換えれば、伝統的な分析枠組みでは理解し得ない状況が起きており、その枠組みが立脚する前提を相当組み替えていく必要がある。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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