コラム

日本で歌姫はどのように生まれるのか? 西恵利香の昼と夜

2016年09月26日(月)11時40分

歌姫の誕生には、アイドル時代の「社会関係資本」が必要条件

 AeLL.(エール)時代に、西恵利香のソロアルバムとして発表された『Unjour』にそのシンガーとしての天分が記録されている。往年の名曲「みずいろの雨」(八神純子)、「真夜中のドア」(松原みき)を、現代的で切れのあるアレンジのもと、感性豊かに表現することで魅力的なカバーアルバムになっている。アイドルとしてのAeLL.(エール)が、高原の畑や山脈の登山道にふりそそぐ「昼」の輝く陽光だとすれば、このソロアルバムに刻印された彼女の歌唱は、まさに都会の孤独と哀感を感じさせる「夜」のイメージだった。

 この「昼」と「夜」のふたつのイメージは、いまも西のソロ活動を支える重要な柱だ。「脱アイドル化」の重要なポイントだが、アイドル時代のファンや、またアイドル時代に培ったほかのアイドルたちとの連携(交流)を大切にすることがあげられる。経済学的にいえば、「社会関係資本」と呼ばれるものだ。

 社会関係資本は、通常、企業や組織、コミュニティのなかで信頼関係を構築することで、人々がスムーズに仕事し、生産性をあげることに貢献する。アイドルの現場でも、アイドル、ファン、運営、そして共演することも多い多数のほかのアイドルグループたちとの社会関係資本こそ、いまのアイドルが大きく飛躍するキーといえる。

 西は、AeLL.(エール)時代に培ったこの社会関係資本(昼のイメージへの信頼)をいまも大切に育てている。特に、ソロ活動に移行してからの主舞台が、他のアイドルたちとの対バンイベント(対バンとは、複数のアイドル同士の共催イベントのこと)であったり、アイドル時代からなじみのあるライブハウスで活動が行われることでもわかる。

 特に西のライブ後の物販では、アイドル時代から続く彼女の丁寧なファンへの対応とその江戸っ子のような個性(本人は埼玉出身だが)に、アイドルならでは"癒し"を得ることできる。なお、アイドル現場に詳しくない方々への注釈だが、いまのアイドル現場の金銭的収入の主力は、ライブ自体の入場料よりも、ライブ前後に行われる「物販」(演者のCD、Tシャツ、タオルなどの販売)である。

 西恵利香がソロとして活動してから出された第二作目のアルバム『PROLOGUE』、そして彼女の最高傑作アルバムと筆者が評価している三作目の『LISTEN UP』は、彼女の「夜」の側面を際立たせる。ただ本人は、この「夜」のイメージにてらいがあるのかもしれない。先日行われた、『re:LISTEN UP』(先のアルバムのリミックス)のリリースイベントでは、舞台上で「夜の女のイメージが強いようですが、私は太陽の光も好きなのです」と笑ってみせていた。

 いずれにせよ、歌姫の誕生には、アイドル時代の「社会関係資本」が必要条件としてあった。また逆説的にみえるが、そのアイドルのイメージを払拭することで、西のシンガーとしての魅力が多重的に表れてもいる。筆者は、いまもそうだが、何度、彼女のオリジナル曲の数々に心を洗われたことだろうか。日本のアイドル特有の「癒し」を抱懐することで、ソロシンガーとしての西は日本でも独特の地位を生み出そうとしている。

 かってアイドル時代に、つんく♂に歌唱力を絶賛され、最近では辛口批評で有名なライムスター宇多丸にもその代表作『LISTEN UP』を称賛された。目利きはすでにわかっている。世界が西恵利香を知る番である。


・西恵利香公式ブログ http://ameblo.jp/erika-nishi/
・西恵利香twitter  https://twitter.com/nishierika_111
・オフィシャルtwitter   https://twitter.com/nishierikastaff


プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハリコフ攻撃、緩衝地帯の設定が目的 制圧計画せずと

ワールド

中国デジタル人民元、香港の商店でも使用可能に

ワールド

香港GDP、第1四半期は2.7%増 観光やイベント

ワールド

西側諸国、イスラエルに書簡 ガザでの国際法順守求め
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story