コラム

八月十五日の石橋湛山―リフレと小国主義による日本の再生

2017年08月15日(火)11時30分

八月十五日の石橋湛山

石橋自身、自分の次男を南太平洋の戦線で失っていた。社長を務めた東洋経済新報社は、戦禍を逃れるために岩手県横手町に疎開していた。石橋湛山は、終戦の日をその横手で迎えた。石橋の『湛山回想』には、すでに日本の敗戦を予期し、政府首脳へ早期の終結を行うように、人づてに伝えてもいた。

すでに1944年の後半には、当時の大蔵省内での秘密委員会ともいうべき会合で、戦後の国際秩序や経済をめぐる問題を、経済学者、財界人、官僚らと共に議論を重ねていた。そのときの石橋の議論の前提は、先ほどの小国主義に立脚したものであった。この時点で小国主義的な発想を採用するということは、日本の敗戦を前提にしていたと解釈できるだろう(姜克實『石橋湛山』吉川弘文館)。

その意味では、八月十五日のいわゆる玉音放送の内容は、石橋にとっては十分に予期できるものだった。


「だが、一般の人々は、明日陛下の重大放送があると聞かされても、それが日本降伏の発表であろうなどとは、思いも及ばないことであった。したがって十五日正午、いよいよ降伏と発表されるや、皆きょとんとして、どうして良いのやら、どうなるのやら、わからなくなってしまった。わからなくなっただけでなく、恐怖した。敵軍が上陸して来たら、どんな目にあわされるかもわからぬと考えた。自暴自棄にも陥りかけた」

このような「人心の動揺」を目の当たりにして、石橋は八月十五日の午後3時には、横手町の有志の前で、「大西洋憲章や、ポツダム宣言に現れた連合国の対日方針について語り、また日本の経済の将来の見通しについて述べて、心配は少しもないから、安心して日常業務を励むようにと講演した」。

「更生」への道筋としての小国主義とリフレ主義

石橋はその後も講演や雑誌への寄稿を通じて、積極的に戦後日本のビジョンを伝えた。それは敗戦のショックが色濃い国民に、明瞭で具体的な「更生」への道筋を伝えるものであった。そのキーもまた小国主義とリフレ主義であった。以下の発言は、敗戦後数年後のものであるが、同じ趣旨を敗戦直後から繰り返し、石橋は述べていた。


「今日の日本国民は再び臥薪嘗胆、富国(強兵は、あえていう要もなきも)を標語とし、何をおいても経済力の増強に奮励すべきである。富国なれば、もし要すれば、いかなる強兵も養うことが出来る。これに反して、いかなる強兵も、貧国においては用をなさない。それは太平洋戦争の経験が明らかに示した」

経済を大きく成長させることで、潜在的な自衛力も保持でき、また富の再分配による社会保障的な政策も可能になると、石橋は考えていた。そして経済を成長させるには、政府の積極的な財政政策と金融緩和政策のスタンスが要求される。

積極的な財政政策は、長期的なインフラ整備を国債の発行によって行うべきだ、というのが石橋の主張だ。これはもちろん今日の日本経済にも必要とされるだろう。今日の財政政策は、財務省が主導する緊縮・消費増税主義によって侵されている。そのような緊縮政策は、日本の停滞をもたらすものである。この点は、今も敗戦後の日本も変わらない。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年2月以来の低水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    走行中なのに運転手を殴打、バスは建物に衝突...衝撃…

  • 7

    ロシア黒海艦隊「最古の艦艇」がウクライナ軍による…

  • 8

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story