コラム

ファーウェイ問題の深淵:サイバースペースで前方展開する米国

2019年01月16日(水)15時40分

もちろん、米国は日本の関係者に警告するだけでなく、直接オーストラリア政府にも警告を発していた。今年9月になってオーストラリアはファーウェイとZTEによる5G通信網向け機器の調達を事実上禁止する措置を発表した。日本政府もそれに続くという報道が一部で流れ、私のところには中国人の研究者から日本政府は本気かという問い合わせが来た。

11月にはニュージーランドが同様の措置を執ると発表した。英国はファーウェイからの情報開示を受けた上で使用を認めていたと報道されているが、私が聞いたところでは、重要なシステムの基幹部分では以前から排除していた。

サイバーセキュリティを強化するトランプ政権

トランプ政権は、ロシアからのサイバー攻撃の結果として成立したと見る向きもある。しかし、成立後のトランプ政権はむしろサイバーセキュリティ政策に積極的に取り組んでいる。2017年8月にサイバー軍を最上位の統合軍に昇格させると発表すると、翌2018年の5月には実現させた。そして9月にはホワイトハウスが国家サイバー戦略を発表し、ほぼ同時に国防総省がサイバー戦略のサマリーを出した。

9月の国防総省版のサイバー戦略で注目すべきは、「前方で防衛する(defend forward)」という文言である。

そもそも米軍は、アジアの在日米軍基地や在韓米軍基地、欧州や中東にもたくさんの基地を持っている。米軍にとって戦場は米国本土ではない。軍を前方展開し、敵に近い場所で叩くのが戦略である。地政学的にいえば、ユーラシア大陸の勢力を封じ込め、リムランドと呼ばれるユーラシア大陸の辺縁が戦場になる。冷戦は分断されたドイツ、中東、ベトナム、中台海峡、朝鮮半島が舞台となってきた。

サイバーセキュリティでの「前方で防衛する」とは、悪意のあるサイバー活動をその発信源で妨害し、止めることであり、それは武力紛争のレベルより下の活動も含まれる。通常兵力での前方展開をサイバースペースにも適用したのが今回の国防総省のサイバー戦略ということになる。

サイバーセキュリティのグレーゾーン

こうした文脈の中で昨年12月1日にファーウェイの孟晩舟CFO(最高財務責任者)がカナダで逮捕された。直接的な容疑は制裁対象となっているイランと不正な取引をしたということになっているが、それだけではないというのが大方の見方だろう。ファイブ・アイズの枠組みの中でカナダも米国と背景情報をある程度共有していたからこそ逮捕に協力したと見るべきだろう。

しかし、これだけ報道されても、確実に黒という証拠は出てきていない。10月にブルームバーグが報じたところによれば、中国大陸とも結びつく台湾人が起業した米国メーカーの基盤に中国人民解放軍が不正なチップを埋め込んだという。この報道の真偽を問う声もあるが、ブルームバーグは被害企業と政府関係者合わせて17人の情報源がいるとし、自信を見せている。この報道の後では、中国で設計され、中国で製造されているファーウェイやZTEができないわけがないというのが米国側の見立てだろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国自動車輸出、4月は過去最高 国内販売は減少に減

ワールド

UNRWA本部、イスラエル住民の放火で閉鎖 事務局

ワールド

Xは豪州の法律無視できず、刃物事件動画訴訟で規制当

ビジネス

ドイツ住宅建設業者、半数が受注不足 値下げの動きも
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 3

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカネを取り戻せない」――水原一平の罪状認否を前に米大学教授が厳しい予測

  • 4

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 5

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 6

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 7

    上半身裸の女性バックダンサーと「がっつりキス」...…

  • 8

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 9

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story