コラム

トランプをパリに招いたマクロン「おもてなし」外交のしたたかさ

2017年07月18日(火)17時30分

2003年イラク戦争の後遺症

しかし、このような光景は、今から遡ること14年ほど前の、2003年ころには想像すらできなかった。それほど、当時の両国間の関係は冷え切っていたのだ。

9.11米国同時多発テロを受けた2003年のイラク戦争に際し、フランスは、最後までイラクの大量破壊兵器問題について査察の継続を主張し、米英を主体とする有志連合軍に参加しなかったばかりか、武力による性急な解決を求めるアメリカに対し、国連安保理常任理事国として拒否権の行使を示唆しながら、これに強く反対した。このため、明確な安保理によるお墨付きのないまま、アメリカはイラクへの武力行使に突き進むこととなり、国際世論の疑念と反発を招いた。

一方、フランスは、アメリカのネオコン的中東民主化構想に懐疑的で、「一人のビンラディンを殺してもあらたに100人のビンラディンを生むだけだ」(シラク大統領)として軍事介入に反対し続けた。むしろテロの根源である貧困や差別・抑圧の問題に取り組むべきだとするフランスの主張は、イスラム諸国や発展途上国などの共感を呼び、フランスは国際社会における声望を高めた。

しかし、この結果、米政府高官の言と伝えられる「(アメリカに反対した)ロシアは赦す、ドイツは無視する、フランスは罰する」の言葉通り、米仏関係は最悪の状態に陥ってしまった。

フランス流ネオコン

この最悪の関係は、その後、レバノンに対する影響力行使と介入を続けるシリアのバシャール・アサド大統領政権に対し、シラク仏大統領がアメリカとの共同歩調の下、強硬な姿勢をとるようになってから、徐々に融和路線に切り替わっていく。また、アラブの春への対応で、当初、チュニジアやエジプトなどの独裁政権を支持するなど、初動対処を誤ったサルコジ大統領が、一転してリビアではカダフィ政権転覆を目指しNATOによる軍事介入を主導するなど、中東の民主化を志向するようになったことで、中東政策における米仏両国の不協和音の種は取り除かれた。

かつてアメリカは、イラクのサダム・フセインを切った。当時シラク大統領のフランスはこれに懐疑的であったが、そのフランスが今度はリビアのカダフィを切り、シリアのバシャール・アサドも見限って、中東の民主化を目指すようになったのである。

オランド政権時代に至っては、国内反体制派を弾圧するバシャール・アサド政権による化学兵器使用疑惑に対し、同政権を「罰する」としてシリアを空爆する直前まで行った(2013年8月)ことは、アメリカよりもむしろフランスの方が強硬であることを印象付けた。

こうした、言わばフランス流ネオコン政策による中東民主化の試みは、皮肉なことに、シリアにおいてもリビアにおいても、かえって政権を不安定化させ、内戦を激化させるなど、混迷を深める結果となった。そこに、「イスラム国」などのテロ組織が浸透し、活発化してきたことで、欧米の「テロとの戦い」とイスラム原理主義・過激派の勢力拡大との悪循環が生まれてきたことは言うまでもない。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より東京外国語大学教授、2019年より現職。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国主席、5年ぶり訪欧開始 中仏関係「国際社会のモ

ワールド

ガザ休戦交渉難航、ハマス代表団がカイロ離れる 7日

ワールド

米、イスラエルへ弾薬供与停止 戦闘開始後初=報道

ワールド

アングル:中国地方都市、財政ひっ迫で住宅購入補助金
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story