コラム

マクロンとルペンの決戦につきまとうプーチンとウクライナ戦争の影

2022年04月11日(月)14時23分

ルペン善戦?

そうとは言い切れないのは、ルペンが2017年以降イメージチェンジし、ヴァージョンアップしたからだ。

ルペンは、前回の敗北を受けて、戦略を経済・生活重視路線にシフトし、購買力向上や減税など大衆受けする政策を練り上げた。反EUの主張は抑え気味にし、EU離脱やユーロ離脱といった過激な主張は封印した。こうしたソフトで現実主義的なアプローチは、じわじわと国民の間に浸透してきた。

逆にそのことが右翼支持基盤の分裂と一部離反を招き、最右翼(極右)ゼムールの台頭を許してしまったが、結果としては右翼勢力全体の膨張をもたらした。ゼムールとルペンのいずれが決選投票に残るにせよ、右翼の潜在的集票能力は、着実に高まっていたのだ。

そのゼムールが第1回投票で敗退した以上、ゼムールに流れた右翼票の大半(世論調査によれば8割以上)は第2回投票でルペンに戻ると推定される。

こうして結局、ルペン善戦の流れが強まってきた、...はずであった。

ウクライナ戦争の影響

その流れに竿をさしたのが、ウクライナ戦争の勃発だ。いわゆる国旗効果(旗下集結効果)で一気にマクロン支持が盛り返したのだ。

一方のルペンは、過去にプーチンとクレムリンで面談したり、政治資金をロシアの銀行から調達したりという遍歴が災いして、支持率を下げた。それだけでなくルペンは、ロシアによるウクライナ侵攻直前まで、ロシアによるクリミア併合を認め、ウクライナのNATO加盟にも反対していたのだ。

RTX32JDI.JPG

クレムリンにおけるルペンとプーチンの面談(2017年3月、モスクワ)Sputnik/Mikhail Klimentyev/Kremlin via REUTERS

さすがに、戦争勃発後はロシア批判に転じているが、それでも「戦争終結後のロシアはフランスの同志国であることに変わりはない」と明言したり、こういうことがあり得るからこそ、フランスは自立した自前の国防体制を再確立しなければならないと強弁し、NATOから距離を置くことの必要性を改めて強調したりしている。

二つのナショナリズムとの両面作戦

こうしたルペンとプーチンとのシナジーの根っこにあるのは、プーチンのロシア・ナショナリズムとフランスなどの反EUナショナリズムとの近似性・親和性である。共通項は、民族中心の国民国家志向、ポストモダンのリベラル的価値観への反発、欧米メディア嫌いなどで、それが両者の間に暗黙の同盟関係を築いていると言ってもいいだろう。

かくしてマクロンは、いみじくもルペンのフランス・ナショナリズムとプーチンのロシア・ナショナリズム双方を相手とする両面作戦を戦っているのだ。それは、広くヨーロッパに蔓延しつつある排他的ナショナリズムとの戦いでもある。ウクライナ問題を巡るマクロンのプーチンとの仲介外交も、その延長線上にある。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より東京外国語大学教授、2019年より現職。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マレーシアGDP、第1四半期は前年比4.2%増 輸

ワールド

ニューカレドニアに治安部隊増派、仏政府が暴動鎮圧急

ビジネス

訂正-中国の生産能力と輸出、米での投資損なう可能性

ワールド

米制裁は「たわ言」、ロシアの大物実業家が批判
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story