コラム

東京五輪は何人分の命の価値があるのか──元CIA工作員が見た経済効果

2021年06月10日(木)18時15分
東京五輪、スカイツリー

JOEL PAPALINI/ISTOCK

<日本政府は五輪への投資を回収しようと躍起になり、虚栄心を満たそうとし、楽観的過ぎる期待を抱いているが、開催で失われる人命の「損害額」は経済的な波及効果を大きく上回る>

陸上の100メートル走は、何人分の命の価値があるのか。あるいは、ブルガリアとマレーシアの選手のレスリングの試合は?

日本政府は今のところ、東京五輪開催による経済的・社会的利益は、そのせいで失われる人命より価値があると考えているらしい。だが1984年のロサンゼルス大会を除けば、過去の五輪の多くは赤字だった。

新型コロナウイルスによるパンデミック(世界的大流行)の最中に五輪を開催することの経済的・人的コストは、政府が想定する長期的利益を上回ると予測されている。

五輪開催は日本の医療システムに負荷をかけ、場合によっては崩壊させる可能性すらある。そうなれば、本来なら生きられるはずの人々を数多く死なせることになる。

開催国の政府は常に五輪によって自国のイメージが向上すると考える。開催国は2週間にわたり世界中の注目を集め、自国の文化・経済・社会をアピールして世界の主要国の仲間入りができる。

選ばれし国だけが五輪を開催できる、という理屈だ。

2008年に北京五輪を開催した中国政府は明らかにそうだった。1989年の天安門事件で1万人とも言われる自国民を虐殺し、個人や少数派の権利を抑圧して共産党の権力を維持した冷酷な独裁国家──中国はそんな負のイメージに対抗して、モダンな大国に成長した姿を示そうとした。

「オリンピック株」が発生?

1936年ベルリン大会のナチスドイツから、自由市場経済と個人の人権をアピールした1984年ロサンゼルス大会のアメリカまで、どの国も五輪をナショナリズムのために利用してきた。

だが国家の評価を決める尺度は、国際的イベントをどれだけうまく開催できるかではない。その国の社会システムや経済力、国民の思想・行動の自由度、幸福度だ。

政府が想定する国威発揚効果は、五輪の競技と華やかなイベントが事実と真実から目をそらす以上には長続きしない。

北京大会のメインスタジアムとして使われた通称「鳥の巣」は、確かに壮麗な建築物だった。しかし、中国のイメージを決めるのは経済力だけではない。香港の民主派に対する弾圧や、習近平(シー・チンピン)国家主席がくまのプーさんに似ていると言っただけで投獄される強権体質も重要な要素だ。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トムソン・ロイター、第1四半期は予想上回る増収 A

ワールド

韓国、在外公館のテロ警戒レベル引き上げ 北朝鮮が攻

ビジネス

香港GDP、第1四半期は+2.7% 金融引き締め長

ビジネス

豪2位の年金基金、発電用石炭投資を縮小へ ネットゼ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story