コラム

外交特権やイスラム文化施設まで利用する、知られざるイランの対外秘密工作

2021年02月27日(土)14時30分

アサディの公判中にNCRI指導者の写真を掲げるイラン反体制派 AP/AFLO

<イランを伝統的な親日国とみなしてきた日本の政策は再考するべき局面に差し掛かっている>

ベルギーの裁判所は2月、オーストリアの首都ウィーンに駐在していたイラン人外交官アサドッラー・アサディに対しテロ計画の罪で禁錮20年の判決を下した。

外交官はウィーン条約の下、主権国家の代表としてさまざまな特権を享受している。検察がイラン情報省の工作員とみているアサディ容疑者は、2018年からベルギーで収監されているが、外交特権による保護を主張し出廷を拒否した。

アサディは18年6月、パリ郊外で行われたイラン反体制派「イラン国民抵抗評議会(NCRI)」の10万人規模の集会を狙ったテロ計画で、イランから空路、外交行嚢(こうのう)に起爆装置と爆薬を入れてオーストリアに持ち込み、ルクセンブルクのピザハットでイラン系ベルギー人のカップルにそれを渡し、その後、外交特権適用外のドイツで拘束された。

外交行嚢の中身は他国による確認や開封を免れるのも外交特権の1つだ。17年2月にマレーシアで金正男(キム・ジョンナム)暗殺に使用された毒物VXも、外交行嚢を用いて持ち込まれた疑いが持たれている。

検察は判決後、アサディに当該罰を免れる特権はないという点と、テロ計画はアサディ個人ではなくイラン政府の主導によるという点を強調した。判決は、イランが国家主導で在外公館と外交特権を利用し目障りな反体制派をテロで抹殺しようとしていた、と認定されたことを意味する。NCRIは判決後、イランはテロを国家戦略として用いていることが証明されたと述べた。

イラン外交官7人がEUから追放

アサディはEU圏内で、テロ容疑で訴追され有罪判決を受けた初のイラン人外交官だ。しかし15年と17年にオランダで発生した2つの殺人事件、18年にデンマークで起きた暗殺未遂事件など、これまでもイラン反体制派が標的とされた複数の事件でイラン人外交官や工作員の関与が疑われてきた。

15年から19年の間にEUから追放されたイラン人外交官は7人に上る。追放だけで済まされてきたのは、ウィーン条約だけではなくEUの対イラン宥和政策によるところも大きい。

アサディに対する訴追と有罪判決は、そこからの転換を象徴する出来事だ。EU諸国では既に、議員たちが各国政府に対しイランの在外公館を閉鎖するよう要請する動きも見られる。

ワシントン近東政策研究所のメフディ・ハラジは、イランは在外公館だけでなく、外国にある文化的ネットワークも諜報目的に利用していると指摘する。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米経済の減速必要、インフレ率2%回帰に向け=ボスト

ワールド

中国国家主席、セルビアと「共通の未来」 東欧と関係

ビジネス

ウーバー第1四半期、予想外の純損失 株価9%安

ビジネス

NYタイムズ、1─3月売上高が予想上回る デジタル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story