コラム

米中対立時代のサバイバル術──日本流「二股」戦術も限界か

2019年03月05日(火)10時30分

中国工場で製造される輸出用ボルボ車(中国・黒竜江省大慶) REUTERS

<米政権の関税引き上げで中国の「輸出基地」モデルは終焉――それでも13億人の巨大市場の吸引力は断ち切れない>

90年代、冷戦終結で世界経済は一つになった。すると中国が巨大市場と低賃金労働力を引っ提げて、世界の資本を掃除機のように吸い込み、瞬く間に「世界の工場」と化した。

日本など外資系企業は自国から中国工場に機械や部品を輸出し、安く組み立てた製品を欧米に再輸出するビジネスモデルに夢中となった。今でも中国からの輸出の半分近くは、外資系企業によるものと言われる。

このモデルはアメリカに2つの問題をもたらした。1つは対中貿易赤字が過大になったこと。もう1つは中国が先進国の技術や部品、機械を使って最新鋭の兵器を開発し始めたことだ。アメリカがつぎ込んだカネで中国は経済成長しただけでなく、軍事でもアメリカに挑戦してきた。

そこでトランプ米大統領は対中貿易赤字を減らすために、関税引き上げで脅す。米国防総省は中国を「ロシアと並ぶ主要な脅威」と言い立て、先端技術の輸出制限を主張している。

実際にトランプが関税率を上げようが上げまいが、米中対立以後、「中国の対米輸出は今後どうなるか分からない」という不信が外資系企業に芽生えた。「中国イコール輸出基地」モデルはもう過去のものになったのだ。日本の対中直接投資は既に12~17年に約6割も減少し、33億ドルを切っている。なかでも製造業の直接投資が減少している。

ソ連にさえプラント輸出

さらに対中制裁の強化によって、半導体製造技術・製造機械、そして最先端性能の部品の輸出が一層制限される。中国は今でも半導体の大半を外国から輸入しており、国内で使用する半導体の15%以下しか国産化できていない。その国産品の多くも、日米欧から輸入した機械がないと生産できない。

冷戦時代はココム(対共産圏輸出調整委員会)と称する西側諸国間の紳士協定で、対共産圏向け輸出を制限するべき技術や製品を決めていた。今では米政府が一方的に決め、これに違反した第三国企業には対米輸出を禁じるなどの制裁措置を講じることとすれば、アメリカの決定がそのままグローバルに適用されてしまう。こうした制裁対象の分野で中国は最先端の製品を作れなくなるだろう。

こうなると、先進国の対中輸出はかなり減る。中国工場での製品組み立て用の部品や機械が対中輸出の大半を占める日本もそうだ。現在、対中輸出依存度(香港を含む)が対米依存度を上回る日本は、「中国経済がくしゃみをすれば肺炎になる」と言われている。

だが、組み立て拠点を中国からアメリカや日本、あるいは第三国に移してしまえば、対中輸出は減っても日本の輸出総額は維持できる。数年の時間はかかるだろうが。「中国・深圳のものづくりサプライチェーンは他をもって代え難い」とも言われるが、日本にも東大阪や東京に「何でも作れる」中小企業の集積地が以前から存在している。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トムソン・ロイター、第1四半期は予想上回る増収 A

ワールド

韓国、在外公館のテロ警戒レベル引き上げ 北朝鮮が攻

ビジネス

香港GDP、第1四半期は+2.7% 金融引き締め長

ビジネス

豪2位の年金基金、発電用石炭投資を縮小へ ネットゼ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story