コラム

プロ投資家の多くが衆参同日選がないことを予想できていた理由

2019年07月17日(水)15時25分

6月には「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)が閣議決定されたが、同月初旬には原案を提示する必要があり、当然のことながらそこには消費増税が盛り込まれていた。閣議決定というのは行政手続き的には重い位置付けなので、これを修正するのは並大抵のことではない。

同じタイミングで、G20(20カ国・地域)財務相・中央銀行総裁会議が開催されたことも大きい。日本の財政問題は国際的にも注目されており、麻生財務大臣は増税の方針について対外的な説明を行うことが求められていた。もし増税延期となれば、市場への影響も無視できなくなる。

細かいところでは、選挙公約のパンフレットの印刷という実務問題もあった。参院選における自民党の選挙公約には消費増税が含まれているので、衆参同日選となれば、パンフレットをすべて印刷しなおす必要があり、実務スケジュールが狂ってしまう。

一連の状況を総合的に考えると、よほどの事態にならない限り、消費増税延期は難しいとの判断にならざるを得ない。しかも、ここを政治決断で押し切ったとしても、衆参同日選に打って出るメリットは意外と小さいというのが現実である。衆参同日選のメリットが大きくないことは、日本の戦後政治を振り返れば、容易に理解できるはずだ。

戦後の日本政治において、衆参同日選が実施されたのはわずか2回しかない。しかも、ひとつはまったくの偶然から同日選になってしまったものであり、積極的に同日選が選択されたのはたった1回だけである。

歴代首相が同日選を選択しなかった最大の理由は、同日選が抱えるリスクの大きさである。

前回、実施された衆参同日選は1986年、中曽根首相による「死んだふり解散」である。当時の選挙情勢は与党にとって良好だったが、衆議院の定数是正問題があり、解散は困難と思われていた。中曽根氏は解散を断念したと思わせ、突如、解散に踏み切ったことから「死んだふり解散」と呼ばれており、選挙の結果は自民党が300議席以上を獲得する圧勝だった。

中曽根氏が同日選に踏み切ったのは、党内基盤が弱く、首相個人の支持率に依存している状況を打開し、圧倒的な政権基盤が欲しいという強い政治的動機が存在したからである。つまり、中曽根氏にとっては賭ける価値のあった選挙ということになる。

政治家は徹底的に合理的な生き物

もうひとつの同日選は、1980年に行われた大平内閣による「ハプニング解散」だが、これは名称の通り、自民党内の派閥争いによって結果的に同日選になってしまったものであり、積極的に選択されたわけではない。

1980年5月、野党が大平内閣の不信任案を提出したものの、通常であれば、(今回の安倍内閣不信任案と同様)与党自民党の反対票で否決されるはずであった。ところが、自民党内の派閥争いから、安倍首相の出身母体でもある清和会を中心とした非主流派が嫌がらせで本会議を欠席。これによって不信任案が可決され、想定外の衆参同日選となってしまった。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

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