コラム

岸田首相が訴えていた「金融所得課税」の強化は、やめておいて大正解

2021年10月19日(火)20時58分
富裕層(イメージ画像)

AH86/ISTOCK

<岸田首相が「1億円の壁」の是正のために検討していた金融所得課税の強化だが、実施されていれば最大の被害者は富裕層ではなく中間層になっていた>

岸田文雄首相が所得再分配政策の一環として検討を進めていた金融所得課税の強化策について先送りを決めた。市場の反響があまりにも大きかったことが原因だが、この施策のマイナス面は株価への影響だけではない。一律に施行した場合、富裕層だけでなく中間層にも増税となる可能性が高いという欠点がある。

現在、株式などから得られる配当や売却益には一律で20%の税金がかかっている。日本の所得税は収入が多いほど税率が上がる累進課税となっており、高額所得者ほど税率が高い。だが所得が1億円を超えるような人の場合、給与所得や事業所得よりも金融所得(売却益や配当益)の比率が高くなる。この部分には20%しか税金がかからないため、実質的な税率はむしろ下がってくる。岸田氏はこの状況を「1億円の壁」と表現しており、是正について検討を進める意向を示していた。

米バイデン政権は大型財政出動の原資として超富裕層への課税強化を打ち出しており、岸田氏のプランもその流れに沿ったものと考えられる。だが、日本とアメリカとでは状況が大きく異なっており、仮にこの施策を実施しても、十分な効果を得られない可能性が高い。

有価証券の主な所有者は誰か

日本はアメリカと比較して超富裕層が圧倒的に少なく、資産100億円以上の富裕層の数は10分の1にとどまっている。株式からの配当で年間1億円以上の所得を得ている人は約8000人(申告所得ベース)、譲渡益で1億円を得ている人は約6000人しかいない。配当に対する課税を30%まで大幅増税しても、ここから得られる税収は2800億円程度にとどまる(筆者による試算)。しかも困ったことに、一律で税率を上げてしまうと、むしろ中間層以下にとって大幅な増税になってしまう可能性すらある。

世帯別の有価証券保有状況を見ると、年収2000万円以上の世帯が保有する比率は9%しかなく、年収1000万円以下の世帯が全体の約7割を占めている。一般的に有価証券というのは富裕層が保有しているというイメージがあるが、なぜイメージと実態が乖離するのだろうか。カギを握るのは年金生活に入った高齢者である。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米、来週にも新たな対中関税発表 EVなど戦略分野対

ビジネス

米5月ミシガン大消費者信頼感67.4に低下、インフ

ビジネス

米金融政策、十分に制約的でない可能性=ダラス連銀総

ビジネス

6月利下げへの過度な期待は「賢明でない」=英中銀ピ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカネを取り戻せない」――水原一平の罪状認否を前に米大学教授が厳しい予測

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 9

    「一番マシ」な政党だったはずが...一党長期政権支配…

  • 10

    「妻の行動で国民に心配かけたことを謝罪」 韓国ユン…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 7

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story