コラム

労働者を救うはずの「リスキリング支援」、現実には企業の「解雇の道具」に?

2022年10月18日(火)17時30分
リスキリングイラスト

ILLUSTRATION BY ALEKSEI NAUMOV/ISTOCK

<岸田首相が経済政策の中核に据えようとしている労働者の「リスキリング(学び直し)」は方針としては正しいが、適切に運用されなければ失業者を生むだけの結果に>

政府が労働者のリスキリング(学び直し)に1兆円を投じる方針を明らかにした。諸外国と比較して、日本の労働生産性は低く推移しており、リスキリング支援を行うこと自体は正しい方向性といってよい。だが日本の場合、労働法制の遵守を同時並行で進めなければ、単なる解雇の道具になってしまうので要注意だ。

岸田文雄首相は臨時国会の所信表明演説において、「賃上げと労働移動の円滑化、人への投資という3つの課題の一体的改革を進める」として、構造的な賃上げの実現に向け、リスキリング支援に「5年間で1兆円」を投じると述べた。政権発足直後から岸田氏はリスキリング支援に言及していたが、以前は3年間で4000億円のパッケージだった。これを1兆円に拡充することで経済政策の中核に据えたい意向だ。

日本は諸外国と比較してビジネスのIT化が著しく遅れている。日本のIT投資総額は1990年代以降、横ばいとなっており、同じ期間で投資額を3~4倍に拡大した諸外国との差は歴然としている。IT化を円滑に進めるためには、ITスキルを持った人材の確保が至上命題であり、リスキリングはこの方向性に沿った政策である。生産性と賃金には密接な関係があるので、政策がうまく機能すれば、確実に賃金上昇効果をもたらすだろう。

政策を実施する順番に大きな懸念材料が

だが、この政策パッケージには大きな懸念材料がある。それは政策を実施する順番である。

岸田氏は演説において、賃上げに加え、労働市場の円滑化も打ち出しており、来年6月までに、労働移動円滑化に向けた指針を取りまとめるとしている。労働者のリスキリングが進めば、結果的に転職が増え、雇用は流動化するだろうが、これはあくまで結果論である。リスキリング支援策が単なる首切りの道具になってしまっては、十分な賃上げ効果は得られない。

生産性が諸外国の半分から3分の2ということは、日本企業では、同じ業務を諸外国の1.5倍から2倍の人員で実施していることになる。IT化によって当該業務を諸外国と同じ人数で実施できれば、人材に余力が出てくる。企業がこの人材を成長分野や新規事業に充当することで、売上高の絶対値を増やせるので、最終的には賃金上昇につながっていく。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

UBSのAT1債、50億ドル相当が株式転換可能に 

ビジネス

ソフトバンクGの1―3月期純利益2310億円、2四

ビジネス

ソフトバンクGの1―3月期純利益2310億円、2四

ワールド

米中、14日に初のAI協議 「あらゆるリスク討議」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 7

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story