コラム

政府による「賃上げ」要請...本来なら悪手であるこの政策が、今回ばかりは正しい理由

2023年01月18日(水)11時33分
給料イメージ写真

YUSUKE IDE/ISTOCK

<経済学の常識からすれば、企業の生産性向上がないままの賃上げはインフレを加速させるだけで、政府は「無策」と批判されても仕方がないが......>

岸田文雄首相は2023年1月4日、年頭会見において「インフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたい」と述べ、経済界に対し物価上昇分を超える賃上げを要請した。消費者物価指数の上昇率は既に3.7%に達しており、今年の春闘において大幅な賃上げが実現しない限り、国民の生活水準が低下するのはほぼ確実となっている。

本来、賃金というのは企業の生産性(あるいは付加価値)に依存しており、政府が賃上げを要請したからといって、上がるようなものではない。生産性向上という裏付けがないまま名目賃金を引き上げれば、単純にインフレを加速させるだけというのが経済学の常識である。

さらに言えば、政府には賃金上昇を促すための環境整備が求められており、経済界に対してただ賃上げを求めるだけでは、無策と批判されても仕方ない。

だが今回に限っては、政府が賃上げを要請することには一定の合理性があると筆者は考える。日本の大企業は内部留保を過剰にため込んでおり、市場メカニズムから考えると、これはかなりの異常事態である。

本来、企業というのは税引き後の利益について先行投資に回すのが責務であり、現金など流動資産を過剰に保有することは将来の収益を犠牲にする行為といえる。だが、現実に日本の大企業は過剰に内部留保をため込んで先行投資を抑制しており、結果として経済は成長せず、賃金の伸び悩みが続く。

企業の安易な退路を断つ

オーソドックスな経済学の常識からすれば、まずは企業が設備投資を行い、そのお金が所得(需要)を増やして消費を拡大させ、さらに設備投資が増えるという好循環の実現が重要である。だが、現実にそうなっていない以上、先に賃金を上げ、それをきっかけに消費を拡大させ、設備投資の呼び水にするというのも、1つのやり方である。

十分な業績拡大の見通しがないまま賃金を上げれば、企業はいやが応でも、業績拡大の決断を余儀なくされる。現状より高い利益を獲得するためには、ビジネスモデルを変える必要があり、設備投資の拡大や人材の最適配分など経営改革の進展が期待できる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアとの戦争、2カ月以内に重大局面 ウクライナ司

ビジネス

中国CPI、3月は0.3%上昇 3カ月連続プラスで

ワールド

イスラエル、米兵器使用で国際法違反の疑い 米政権が

ワールド

北朝鮮の金総書記、ロケット砲試射視察 今年から配備
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア軍の上陸艇を撃破...夜間攻撃の一部始終

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 6

    「未来の女王」ベルギー・エリザベート王女がハーバー…

  • 7

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 8

    「私は妊娠した」ヤリたいだけの男もたくさんいる「…

  • 9

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story