コラム

リオ五輪、英国のメダルラッシュが炙りだしたエリートスポーツの光と影

2016年08月17日(水)15時00分

adam.jpg
ピーティ選手の活躍を報じる英大衆紙デーリー・メール

 12年には、将来メダルが期待できる有望選手としてUKスポーツから年1万5千ポンドの助成を受ける。コーチもUKスポーツのエリート・コーチング・プログラムに選ばれた。2年後、グラスゴーでの英連邦大会で五輪金メダリストを破った。五輪メダルが視野に入り、トレーニングに集中できるよう助成金は2万8千ポンドに引き上げられた。

 オカネを出したからと言って、必ず結果がついてくるわけではない。その使い方が大きなカギを握る。英国はスポーツマネジメントが非常にうまい。課題をどう克服していくか、アスリートとコーチが話し合って目標を設定する能力に長けている。

 近代スポーツは高速化、高度化、高密度化、高強度化が急速に進む。UKスポーツ傘下の研究所では宇宙工学や大学と組んで最新の生理学、技術、素材を導入している。日本ではスポーツ工学、スポーツバイオメカニクスなどの垣根が残るが、英国では異なる分野の知識を融合できる人材が育っている。

この成功は続かない

 ロンドン五輪組織委員会会長を務めたセバスチャン・コーは1980年モスクワ五輪、84年ロス五輪の陸上男子1500メートルで金メダル、800メートルで銀メダルを連続して獲得した。英国では実力派のアスリートがその後、有力なマネージャーとしても活躍している。

 英国のエリートスポーツは大きな花を咲かせた。メダリストは報道陣に対し、まじないのように「国営宝くじさん、ありがとう」と応じる。しかし、スーパーヒーロー、ピーティ選手が育ったイングランド中部のダービー市スイミングクラブは一時、閉鎖寸前にまで追い込まれた。練習に使っているプールの老朽化が進み、3カ月近く使えなくなったからだ。

 2つあるプールのうち1つはいずれ使えなくなる。25メートルプールを本格的な50メートルプールに拡張したいが、地方財政は逼迫している。ピーティ選手の金メダル効果で何とか市民の理解を得たいところだ。

【参考記事】オリンピックの巨額予算に僕が怒る訳

 エリートスポーツと草の根スポーツ、一体どちらが主役なのだろう。草の根スポーツとして大きな可能性を秘めるバスケットボールやバレーボールへの、UKスポーツからの助成はゼロ。五輪など大きな国際大会で入賞が期待できないからだ。

 エリートスポーツの成功は五輪を開催した後の2大会しか続かない。五輪への情熱を政治が急速に失っていくからだ。08年北京五輪を開催した中国と英国の逆転は一瞬の現象に過ぎないが、エリートスポーツの残酷な限界を物語る。

 草の根スポーツが衰退すれば、その頂点に立つエリートスポーツの未来も閉ざされる。英国でも草の根スポーツの意義がリオ五輪での成功で改めて問われている。五輪開催をめぐってゴタゴタが続いた日本では草の根スポーツとエリートスポーツの関係はどう描かれているのだろう。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トルコ大統領、ハマス構成員を「国内で治療」と発言 

ビジネス

アルケゴス創業者の裁判始まる、検察側が詐欺の実態指

ビジネス

SBG、投資先のAI活用で「シナジー効果」も=ビジ

ワールド

米国務副長官、イスラエルの「完全勝利」達成を疑問視
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 5

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 9

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 10

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story