コラム

ドミニク・モイジが読み解くフランス大統領選「怒り」「怖れ」「ノスタルジー」3つのキーワード

2017年04月10日(月)06時00分

kimura170407-mg2.jpg
最近のフランスには希望も芽生えてきている、というモイジ Masato Kimura

現職大統領オランドが支持率4%という不人気のあまり大統領選への出馬を辞退し、歴代大統領・首相が次々と脱落するという例外的な状況が例外的な人を大統領選レースの先頭争いに押し出した。

モイジはマクロンに関する筆者の質問に答えて言う。「マクロンに対するフランスの感情は『希望』であり、ルペンという過激な変化に対する『現状維持』でもある。例えば、私の近所の人たちはマクロンを好きではないが、ルペンや左翼党(急進左派)のジャンリュック・メランションを警戒している」

「怒りと怖れを強調するルペンVS希望のマクロンという対立軸で見ると、最近、フランスのニュース雑誌が建設的な事例として(移民との共生に取り組む)スウェーデンとカナダを特集した。これはフランスにも(内向きのナショナリズムではなく、協調を志向する)希望が芽生えてきている証のように感じられた」

ナポレオンとファシスト

「マクロンはリベラル社会主義者で、国家は経済など大切な人間の活動に介入すべきではない、介入しなければ前向きな強い躍動が生まれてくると信じている。経済的には完全にリベラルだ。その一方で、社会的弱者には国家が介入して守る必要があると訴えている。マクロンの経済・社会政策はフランス経済を再生させる可能性がある」

マクロンは29歳の時、3人の子供を持つ24歳年上の高校時代の国語教師と結婚した。「マクロンは優秀なテクノクラートだが、彼のパーソナリティーはそれ以上の意味を持つ。マクロンの妻が『ジャンヌ・ダルクと暮らすのは簡単ではない』と話しているように、マクロンは母国フランスを窮地から救ったジャンヌ・ダルクのようにルペンからフランスを守るのが運命だと信じている」

ジャンヌ・ダルクやナポレオン1世のように母国を救う使命があるという強い信念がマクロンにはあるのだ。

kimura170407-mc.jpg
ロンドンで子供と挨拶を交わすマクロン(2月) Masato Kimura

一方、モイジは「ファシストの心を持った鉄の女」とルペンを表現した。ルペンはトランプやイタリアの「五つ星運動」指導者ベッペ・グリッロのようなポピュリストとは異なり、非常に抜け目のない有能でインテリジェントな政治家だと警戒する。モイジは「今回の大統領選はフランスだけでなく、欧州、そして民主主義の未来を大きく左右する。それだけに心配だ」と表情を曇らせた。

世界に対して門戸を開放し、自らのアイデンティティーに自信を持ち、未来に向かう親EUの楽観主義と、門戸を閉ざし、必要以上に自らの文化と伝統を強調しないと自信が持てず、ネガティブなナショナリズムを悪用する反EUの悲観主義が真正面から激突している。

モイジは「二度ある事は三度ある」というフランスの故事を引きながら言った。

「ある人はこう予言するかもしれない。イギリスのEU離脱、トランプ大統領に続いて、フランスではルペン大統領が誕生する、と。しかし、こういう見方もできる。極右政党の勝利を阻んだオーストリア大統領選、オランダ総選挙に続いて、マクロン大統領がルペンを阻止する」

悲観主義には理由がある。しかし楽観主義には意思の力が必要だ。フランスには今こそ未来を見据える意思の力が求められている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、北東部国境の町の6割を死守 激しい市街

ビジネス

インフレ率低下、持続可能かの判断は時期尚早=ジェフ

ビジネス

インフレ指標に失望、当面引き締め政策が必要=バーF

ビジネス

物価目標達成に向けた確信「時間かかる」=米アトラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 5

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 6

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story