コラム

ついにEUを離脱したイギリスの「脱欧入亜」に現実味

2021年01月14日(木)16時40分

イギリスはEU離脱によって国際関係の見直しを進めることになる LUKE MACGREGO-BLOOMBERG/GETTY IMAGES

<ようやく完了した「離婚交渉」と英EUのFTAは、英欧そして日本にどんなリスクとチャンスをもたらすか。激動のさなか、ジョンソン政権の心をわしづかみにした日系企業とは?>

2016年6月の国民投票でイギリスがEU離脱を選択してから4年半。英・EU双方が昨年末ギリギリに包括的自由貿易協定(FTA)に合意し、新年から暫定発効した。イギリスはEU離脱を機に、地域格差の解消のため取り残された地域で産業育成を図るとともに、明治維新後の日本が「脱亜入欧」を目指したように「脱欧入亜」を加速する。

全品目・全数量で関税なし・割当枠なしのFTAが正式発効するのは1~2月の欧州議会承認後。いずれにせよ「包括的」とは名ばかりで実は「最低限」であり、英・EUは別れたカップルと同じということを肝に銘じておくべきだ。離脱で軛(くびき)を逃れたイギリスがどこまで欧州から離れるのか。それに合わせてFTAの内容もさらに縮んでいく。

既に英仏間のドーバー海峡には嵐が吹き荒れている。

新型コロナ禍のなかで、米ファイザーと独ビオンテックのワクチンをイギリスが世界に先駆けて承認したことをEU側は「抜け駆け」と罵り、英オックスフォード大学と英アストラゼネカのワクチンの承認を遅らせる気配を見せる。

イギリスで感染力が7割も強い変異株が流行し始めた途端、エマニュエル・マクロン仏大統領は前触れもなくドーバー海峡を48時間封鎖し、大型トレーラーやトラックなど約1万台を立ち往生させた。イギリスは物流をドーバー海峡や欧州大陸に依存し過ぎる危険性を思い知ったはずだ。

EU離脱で復活する通関申告でイギリスが負担する費用は年150億ポンド(約2兆1140億円)という試算がある。なかでも最も大きな影響を受けるのは、故マーガレット・サッチャー首相の日系企業誘致で輸出の主力を担うまでに復活した英自動車産業だ。

離脱前は200万台を目指していた年間自動車生産台数は、中国経済の減速、ディーゼル車の排ガス不正問題、温暖化対策の強化、離脱交渉の難航、コロナ危機で92万台にまで激減した。ホンダ自動車は2021 年中に英国工場を閉鎖することを決めている。

自動車輸出に10%のEU域外関税をかけられたら英自動車産業は壊滅する。関税なしが英・EU双方の基本シナリオだったが、問題は非関税障壁の「原産地規則」だ。域外から輸入する原材料の比率が大きい製品は無関税の対象から外される。1台の車は小さなネジまで数えると約3万個の部品からなる。その部品が国境を行き来しているのだ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米、両面型太陽光パネル輸入関税免除を終了 国内産業

ビジネス

米NY連銀総裁、インフレ鈍化を歓迎 「利下げには不

ビジネス

日本生命、米同業のコアブリッジに6000億円出資 

ビジネス

ホンダ、電動化とソフトへ投資倍増 30年度までに1
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 8

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 9

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story