コラム

孫正義氏が米ナスダック再上場を計画する半導体大手アームは「イギリスの国宝」、戦略企業の流出危機に青ざめる英政界

2022年02月10日(木)11時19分
孫正義

アームを買収した2016年、収益予想を発表する孫正義 Kim Kyung-Hoon-REUTERS

<世界に誇る科学力をテコに多くのユニコーンやデカコーン企業を生み出しながら、資本力に勝るアメリカ市場に奪われ、果てはGAFAMに吸収されてしまうイギリスの悪夢再び>

[ロンドン発]投資株式会社化を目指すソフトバンクグループ(SBG)は2月8日、英半導体設計大手アームの売却を断念すると発表した。2016年、SBGは320億ドルでアームを買収。20年、米半導体大手エヌビディアに約400億ドル相当で売却する契約を結んだものの、独禁当局との交渉が難航し、断念に追い込まれた。

22年度中に米ナスダック市場での再上場を目指す孫正義会長兼社長に英政界から恨み節が聞こえてくる。アームはもともとロンドン市場とナスダック市場に上場していたが、SBGによる買収で非上場の完全小会社となった。イギリスが国民投票で欧州連合(EU)離脱を選択した直後でテリーザ・メイ英首相(当時)は孫氏に電話で「イギリスへの信頼の証しだ」と祝福した。

孫氏は8日の記者会見で「米当局の独禁法による訴訟が明確になってきた。イギリス、EUなど各国当局が非常に強い懸念を表明している。エヌビディアが提案した解決策で規制当局も納得すると信じていたが、全く相手にしてもらえなかった。エヌビディア側からこれ以上は難しいだろうと契約解消の話があった」と背景を説明した。

アームの再上場先について「アームの取引先は大半が米シリコンバレーの会社。投資家もアームに非常に高い関心を持っている。ハイテクの中心であるアメリカのナスダックが一番適している。他に若干可能性があるのがニューヨーク市場。おそらくナスダックになるだろうと現時点では考えているが、まだ決まったわけではない」との見通しを示した。

イギリスの「国宝」が米市場に流出する

英ケンブリッジに拠点を置くアームは性能が増しても回路の複雑さを増やさない独自の設計で消費電力を抑え、スマホの普及とともにシェアを拡大。クラウド、電気自動車(EV)の需要のほか、スパコンにも進出、計算能力を競うランキングで4期連続の世界一となった理化学研究所の「富岳」にはアームの設計を採用した富士通のプロセッサーが使われている。

「国宝」のようなテクノロジー企業が日本に買収され、ロンドン市場からナスダック市場に持って行かれてはたまったものではない。英紙タイムズは「アームは地球上のほぼすべてのスマホを動かすプロセッサーを製造している。アップル、クアルコム、サムスン電子も利用している」と紹介した上で英政界の苦悩を伝えた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮、盗んだ1.47億ドル相当の暗号資産を洗浄=

ビジネス

米家計債務、第1四半期は17.6兆ドルに増加 延滞

ビジネス

米国株式市場=上昇、ナスダック最高値 CPIに注目

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、PPIはインフレ高止まりを
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 7

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story