コラム

QRコードの普及と「おサイフケータイ」の末路

2018年02月08日(木)17時30分

ただ、アップルだけは「おサイフケータイ」に対応することを拒否しつづけた。少数のユーザーしか使っていないサービスに対応するためにわざわざ端末のコストを高めるようなものを搭載しないというのは合理的な経営判断である。アップルは圧倒的なブランド力によって、ドコモなど日本の携帯電話事業者に対して交渉力があったため、要求を拒否することができたのである。

だが、そのアップルも2016年発売のiPhone7に至ってついにFeliCa SEというチップを搭載するようになり、iPhone7ではSuicaなどを使えるようになった(「Appleが折れてまでApplePayにSuicaを例外対応させた理由」『ピピッとチョイス』2016年11月25日)。それはアップルが日本におけるiPhoneの高いシェアを維持するために、他社のスマホに対する劣位をなくしておこうとしたからであろう。

しかし、これをきっかけにFeliCaが世界に羽ばたいていく(石川温「Suica対応のiPhone 7:ソニーのFeliCaを世界に羽ばたかせるか」nippon.com, 2016年9月23日)との期待も空しく、日本におけるスマホ・マネーの利用はその後も低調である。たしかに、iPhoneにSuicaを入れて改札を通過するのに使っている人を時折見るようになったが、商店でスマホを使って代金を支払っている人をみることは皆無である。昨年時点で、北京のセブンイレブンでは65%の客がスマホで支払いをしていたのとは好対照である。

日本人の現金好きは関係ない

日本では中国よりも10年も早く携帯電話でお金の支払いができるようにしたのに、今や中国の方がスマホ・マネーがずっと普及しているのはなぜなのだろうか。

それは日本人が現金を好んでいるからというよりも、「おサイフケータイ」という仕組自体に原因がある。その最大の難点、それは商店など代金を受け取る側が、FeliCaの情報を読みとる端末を備えなければならないという点だ。業界に詳しい友人によればこの端末は1台3万円ぐらいするという。大した金額ではないと思うかもしれないが、現実にはこの端末が備え付けられているのは各コンビニチェーン、JR、地下鉄、バスなどの交通機関、空港のなかのお店、一部の自動販売機と一部のタクシーぐらいにとどまる。1台3万円であってもレジスターごとにこの端末をつけるコストは馬鹿にならないということであろう。

QRコードを使った支払いサービスが優れているのは、商店のレジスターに商品のQRコードを読み取るスキャナがもともと備わっていることが多いから、それを使えばすぐにでもQRコードを使ったスマホ・マネーによる支払いを受けることができることである。中国のスマホ・マネーの場合、商品を買う側のスマホにバーコードとQRコードを表示して店の端末で読み取ってもらうという使い方以外に、商店に掲げられたQRコードを客がスマホのカメラで読み込んで支払うという方式もある。後者の場合、商店の側にはレジスターさえ備える必要がなく、ただQRコードを印刷したステッカーを店先に置いておくだけで代金を受け取ることができる。QRコードを利用したスマホ・マネーの仕組みを日本でいちはやく導入したOrigamiもこの仕組みを使っている。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

円が対ドルで5円上昇、介入観測 神田財務官「ノーコ

ビジネス

神田財務官、為替介入観測に「いまはノーコメント」

ワールド

北朝鮮が米国批判、ウクライナへの長距離ミサイル供与

ワールド

北朝鮮、宇宙偵察能力強化任務「予定通り遂行」と表明
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story