コラム

『竜馬暗殺』は社会の支持を失った左翼運動へのレクイエム

2020年07月18日(土)11時45分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<革命成就を前にして志半ばで暗殺される竜馬に投影されたのは、反体制や左翼的運動を標榜しながらドキュメンタリーを撮っていた製作陣の哀愁か>

1960~80年代に日本アート・シアター・ギルド(ATG)という映画会社があった。ベルイマン、ゴダール、トリュフォーなど決して商業的ではない監督たちの作品を配給し、大島渚や吉田喜重、寺山修司などアート系の映画製作も支援。直営館のアンダーグラウンド蝎(さそり)座やアートシアター新宿文化で上映していた。

1970年代後半、安部公房の小説を勅使河原宏が映画化した『砂の女』を蝎座で観た。砂の穴に住む女と穴から逃げようとする男。これが初めてのATG体験だったはずだ。その後もATGの映画は何本も観ているが、直営館の後は名画座で上映されることが多かったので、蝎座や新宿文化で観たかどうかは思い出せない。1974年公開の『竜馬暗殺』もそのひとつだ。

主演は原田芳雄。他のキャストは石橋蓮司、松田優作、桃井かおり、中川梨絵。脚本は清水邦夫と田辺泰志で、撮影は田村正毅。監督は黒木和雄だ。つまり岩波映画製作所を中心としたドキュメンタリー系のスタッフが集結している。基本は16ミリモノクロだが、予算が足りずに一部8ミリで撮影したと、この時期に雑誌か何かで読んだ記憶がある。

初めて劇場で観たとき、まずは竜馬役の原田の格好良さに圧倒された。もちろん端正とかスタイリッシュとかの語彙が代言する格好良さではない。強度の近眼で女好き。剣術もさして強くはない。トイレでしゃがみながら姉の乙女に書く手紙の文面を考えるシーンもあれば、褌(ふんどし)ひとつで刺客から逃げ回るシーンまである。

でもとにかく格好いい。

自らが目指した革命が成就する前に竜馬は暗殺される。史実では革命は明治維新として成就するが、映画はそこまで描かない。後半に何度も登場するのは、仮装してはやし言葉の「ええじゃないか」を叫びながら集団で熱狂的に踊り狂う民衆の姿だ。

ここに時代が投影される。

公開が1974年だから、企画はその数年前と考えられる。連合赤軍事件が起きた時期だ。まずは1972年2月のあさま山荘事件。連合赤軍のメンバー5人が管理人の妻を人質に山荘に立て籠もり、包囲した機動隊員と銃撃戦を行い、隊員2人と市民1人が命を失った。僕は中学生だったけれど、ほとんどの国民がテレビの生中継にクギ付けになったあさま山荘事件のときは、「学生がんばれ」的な周囲の大人たちの雰囲気を何となく感じていた。つまり安保闘争の熱気はまだ残っていた。でもその後に連合赤軍のメンバーたちが粛清の名の下に殺し合っていたことが明らかになり、その熱が一気に冷えた。言葉にすれば「いくらなんでも」という感覚だ。

【関連記事】『i―新聞記者ドキュメント―』が政権批判の映画だと思っている人へ

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中関係の「マイナス要因」なお蓄積と中国外相、米国

ビジネス

デンソーの今期営業益予想87%増、政策保有株は全株

ワールド

トランプ氏、大学生のガザ攻撃反対は「とてつもないヘ

ビジネス

米メルク、通期業績予想を上方修正 抗がん剤キイト
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story