コラム

「子どもを誘拐して戦闘に参加させた賠償金」は1人90万円:「悪の陳腐さ」と「正義の空虚さ」

2017年12月21日(木)17時30分

コンゴ愛国者同盟に捕らわれた子どもたち(2003年6月5日) Antony Njuguna-REUTERS

世界の紛争地帯では、日本でランドセルを背負っている年代の子どもが自動小銃を担いで戦闘に参加させられることが珍しくありません。12月15日、アフリカのコンゴ民主共和国における内戦で、子どもを誘拐して戦闘に参加させていたトマス・ルバンガ被告に対して、ICC(国際刑事裁判所)は総額で1000万ドル、約11億円の賠償を命じる判決を下しました。

1998年のローマ規程で発足が合意されたICCは、大量虐殺や人道に対する罪などを裁く常設の裁判所で、いわば「国際的な正義の番人」です

判決でICCは、支払われるべき金額を1人当たり8000ドル、約90万円と算定。世界銀行の統計によると、2016年段階でコンゴ民主共和国の1人当たりGDPは405ドルで、日本(3万8900ドル)の約1.04パーセント。この経済水準に照らすと、今回の賠償金は日本で1人当たり約7700万円支払うのに相当します。

これは必ずしも安い金額ではなく、さらに戦闘に子どもを利用することにこれまで具体的な刑罰が科されなかったことからすれば、画期的ともいえるものです。ただし、1人の人間の心身に負わせた傷を補うのに十分かには、議論の余地があるでしょう。

Lubanga.jpg
ICCの判決を待つルバンガ被告。コンゴ民主共和国の内戦で子ども兵を使っていた。罪の意識がない点は、ホロコーストの現場責任者だったナチスのアイヒマンと共通する Michael Kooren-REUTERS

とはいえ、その金額の多寡を一旦おいたとしても、この判決が戦闘における子どもの利用に急ブレーキをかけることは想定できません。そこには、現代の「国際的な正義」が抱える限界を見出せます。

戦闘における子どもの利用

戦闘における子ども兵の利用に関心が高まったのは、冷戦末期後の1980年代末でした。当時、東西両陣営の核戦争の脅威が消えたのと入れ違いに、東欧の旧ユーゴスラヴィアやアフリカでは内戦が頻発。軍規や統制の緩いゲリラ組織を中心に、「人手不足」を補うために子どもが徴用されるようになったのです。そのなかには、誘拐されたり、人身取引で連れてこられたり、果ては親を目の前で殺害されて連行されたりするケースも少なくありません。

現在の世界では約30万人の子ども兵が戦闘に駆り出されているとみられ、とりわけそれが目立つ国のなかには、アフガニスタン、ソマリア、イエメン、ミャンマーなどとともに、コンゴ民主共和国も含まれます。正確な人数は不明ですが、2017年2月にUNICEFは過去10年間で武装組織から解放された子ども兵が6万5000人にのぼると報告。その規模の大きさをうかがわせます。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

イーライリリーの糖尿病薬「チルゼパチド」、中国で承

ワールド

EU、ロシア資産活用計画を採択 利子をウクライナ支

ビジネス

中国政府、不動産部門のリスクを制御へ=副首相

ワールド

再送-プーチン氏、死去のイラン大統領称賛 下院議長
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の大群、キャンパーが撮影した「トラウマ映像」にネット戦慄

  • 4

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 5

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 6

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 7

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    「韓国は詐欺大国」の事情とは

  • 10

    中国・ロシアのスパイとして法廷に立つ「愛国者」──…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 10

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story