コラム

ロヒンギャ問題解決のために河野外相のミャンマー訪問が評価できる5つの理由

2018年01月16日(火)20時30分

残念ながらというべきか、一般的に援助の交換条件で様々な約束をしても、それが守られないことは珍しくありません。ましてミャンマーの場合、国内が混乱しているだけでなく、スー・チー氏率いる政府は大きな力をもつ軍を管理し切れていません。この状況では、ミャンマー政府が「援助は受け取り、難民帰還は(いろいろと口実を設けて)実行しない、あるいは遅らせる」という選択をしても不思議ではありません。

今回、河野外相はバングラデシュ政府との約束に基づきミャンマー政府が難民の帰還を進めているかをモニタリングすることを確認しました。言い換えると、日本政府は「空約束」をゆるさない姿勢を示したのです。

これは日本政府にしてはかなり踏み込んだ対応といってよいものですが、ミャンマー政府にロヒンギャ危機の克服に向けた真摯な対応を促すと同時に、日本が「奥ゆかしい」だけで終わらない効果もあるといえます。

国際復帰への橋渡し

第五に、そして最後に、国際的な懸念の払しょくに向けた取り組みをミャンマー政府に促したことです。

先述のように、ミャンマー政府は「民族浄化」を否定する一方、ラカイン州への外国人の立ち入りを規制してきました。これでミャンマー側が「自分たちを信用しろ」といっても、それは無理な相談です。

1月10日、軍はラカイン州マウンドーで2017年9月に10名のロヒンギャ「テロリスト」を殺害したと明らかにしました。ミャンマー軍が軍事活動について発表することは稀ですが、これに関してロヒンギャの武装勢力アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)は「10名は市民だった」と反論しています。真偽は定かでありませんが、現地の情報が不足するなか、ミャンマー軍が都合のよい発表をしているのではないかという懸念を生んでいることは確かで、それはミャンマーに対する国際的な批判をエスカレートさせる一因となってきました。

今回の訪問で、河野外相は海外メディアや国際NGOのラカイン州立ち入りの解禁をスー・チー氏に求めました。これは欧米諸国やイスラーム諸国の声を代弁したものであるだけでなく、ミャンマーにとっても国際的な非難を和らげる道標を示すものだったといえます。

もちろん、海外メディアや国際NGOの立ち入りが解禁される場合、それに先立ってミャンマー政府・軍は様々な「後始末」を行い、「ラカイン州が平静である」と取り繕うことも予想されます。しかし、少なくとも外部の目を入れることは、孤立しがちなミャンマーの国際復帰に不可欠で、それはロヒンギャ危機の実効性ある解決に向けた第一歩といえます。その意味で、日本政府はミャンマーとこれに批判的な各国との橋渡しを試みたといえるでしょう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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