コラム

中国「国家主席の任期撤廃」改憲案 ──習近平が強い独裁者になれない理由

2018年03月09日(金)13時20分

「独裁者」というと、いかにも一人で全てを握る人間のようにイメージされます。しかし、セウェルスに限らず、少なくとも「成功した独裁者」は戦争の勝利や経済の発展といった成果をあげることで人々を納得させるだけでなく、自らの支配に半ば率先して協力する勢力や個人を獲得することでその立場を守り、いわば「英雄」になることができたのです。

誰が習近平を支えるか

この観点からみると、習近平主席の前途は必ずしも安泰といえません。一強体制を築いた習氏による国内改革には、メディア規制や少数民族管理の強化など政府に批判的な人々の不満を呼ぶものだけでなく、共産党体制を支える勢力から「恨みを買う」ものが少なくないからです。

先述のように、国家主席の任期制は鄧小平によって導入されました。鄧小平は改革・開放を推し進め、市場経済化を推進しました。今回の憲法改正の動きは、その鄧小平の路線を翻すものといえます。

ところで、「万人の平等」を強調する社会主義から市場経済への転換で、最も恩恵を受けたのは現在の富裕層です。鄧小平の「先に豊かになれる者から豊かになればよい」という先富論に基づいて豊かになった富裕層は、いわば共産党のこれまでの支配の申し子ともいえます。

ところが、習近平体制のもとで腐敗・汚職の摘発が進むなか、中国では大物実業家への取り締まりが強まっています。2018年2月、中国政府は国内最大手の保険企業、安邦保険集団の経営を管理下に置き、創業者の呉小暉氏が詐欺罪で訴追されました。また、3月には急成長するエネルギー企業、中国華信能源の責任者も当局から取り調べを受けています。

鄧小平が進めた市場経済化は、中国社会に根深い汚職を爆発的に広げる結果になりました。しかし、とにかく経済成長を優先させてきたこれまでの最高責任者たちは、政敵に連なる汚職を暴く以外、これらを積極的に取り締まってきませんでした。その意味で、習氏による反汚職キャンペーンは、鄧小平が道を開いた今の体制の受益者に「これまでとは違う」ことの見せしめになっているといえます。

派閥抗争以上の取り締まり

同様のことは、人民解放軍に関してもいえます。軍も共産党体制を支える要ですが、改革・開放のもとで腐敗・汚職も広がりました。しかし、軍人をも時に粛清した毛沢東と異なり、鄧小平や江沢民、胡錦濤といった習近平の前任者たちは「軍の満足感」を優先させ、その腐敗・汚職を半ば放置してきました。

これに対して、習近平主席による反汚職キャンペーンは人民解放軍にまで及んでいます。2017年4月、「党規約に違反した」として、共産党中央委員会のメンバーを務めた経験もある王建平将軍が逮捕されました。習近平体制のもとでは、毛沢東時代と同じく軍内部に監視要員が配置され、反対派の取り締まりが強化されています。そのため、王氏の一件は、氷山の一角に過ぎません。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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