コラム

IS「シリア帰り」に厳戒態勢の中国・新疆ウイグル自治区──テロ対策のもとの「監獄国家」

2018年04月05日(木)15時00分

新疆ウイグル自治区のウルムチで訓練する警察特殊部隊(2014年3月7日) REUTERS


・中国の新疆ウイグル自治区ではプライバシーがゼロの監視体制が生まれている

・当局は「ISのテロ対策」でこれを正当化している

・しかし、実際にISの大規模なテロが発生する可能性と比べて、その取り締まりは不釣り合いなほど厳しい

・中国当局は「テロ対策」を利用して少数民族支配を強化しているが、それは結果的にテロの芽を大きくしかねない

習近平体制のもと、中国はもはや「監獄国家」と呼べる水準に近づいています。市民への監視、思想統制、移動の制限は、とりわけムスリムのウイグル人が多い新疆ウイグル自治区で強化されています。

深刻な人権侵害をともなう少数民族の取り締まりを中国当局は「テロ対策」と説明しています。しかし、新疆でイスラーム過激派のテロが実際に発生する危険性に比べて、中国当局の対策は不釣り合いなほど厳格。そこには「テロ対策」を名目に少数民族支配を強化し、中央アジア方面への進出の足場を固めようとする意図をうかがえます。

中国のなかの中央アジア

新疆ウイグル自治区の面積は日本の4倍以上の約166万平方キロメートル。アフガニスタンなど中央アジアに隣接します。この地に暮らすウイグル人の人口は約1100万人で、中国最大の少数民族。10世紀以前からトルコ方面からきた騎馬民族の子孫といわれます。

mutsuji2018040501.jpg

この地は1955年に中国に編入されましたが、その後ウイグル人の分離独立運動は絶えず、その度に中国当局がこれを鎮圧。2000年代からは「テロ対策」の名のもとで「厳打」と呼ばれる厳しい取り締まりが行われてきました。

筆者は2000年代後半から2010年代初頭にかけて、あるプロジェクトの一員としてこの地を何度か訪れました。当時、既に外国人の多いホテルなどで常に持ち物検査が行われ、国内線の搭乗には国際線以上に厳しいチェックがありました。しかし、数少ない報道からは、習近平体制による取り締まりは当時と比較にならないほど厳しいことがうかがえます。

ゼロ・プライバシー社会

ヨーロッパ文化技術大学のアドリアン・センス博士によると、2017年度の新疆の予算に占める治安対策費は約12億ドルで、医療予算のほぼ倍。2017に新たに採用された警察官は10万人にのぼり、これだけでも全人口のうち220人に1人(日本では全員でも500人以上に1人)にあたる割合です。

mutsuji2018040502.jpg
最大都市ウルムチはオアシスの巨大都市(筆者撮影、2008年)

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

東芝、26年度営業利益率10%へ 最大4000人の

ワールド

中ロ首脳会談、包括的戦略パートナーシップ深化の共同

ビジネス

ホンダ、電動化とソフトに10兆円投資 30年までに

ワールド

ロシア軍、ウクライナの全方面で前進している=ショイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 8

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 9

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story