コラム

電撃的な米朝首脳会談――トップダウン外交の突破力と危うさ

2019年07月03日(水)18時30分

お互いトップダウンだからできた電撃パフォーマンスだが、交渉もうまくいくとは限らない(6月30日、南北軍事境界線上の板門店で「落ち合った」トランプと金正恩) Kevin Lamarque-REUTERS

<トランプ大統領のツイートをきっかけに急遽実現したといわれる米朝首脳会談は、トップダウン外交の突破力とともに危うさを示している>

トップダウンの突破力

6月30日、電撃的に、しかも現役のアメリカ大統領として初めてトランプ氏が訪朝したことはG20大阪サミットの余韻を吹き飛ばすほどのインパクトをもたらしたが、この突然のイベントはトランプ大統領と金正恩委員長ならではのものだった。

2月のハノイでの首脳会談が物別れに終わった後、米朝交渉は手詰まりになった。アメリカが「核兵器の全面廃棄」を、北朝鮮が「制裁の解除」を主張し、それぞれ相手に先に行動を求める以上、要求が食い違うことは当然ともいえるが、米朝首脳はいずれも交渉継続には利益を見出している。

この手詰まり打開のきっかけは、トランプ大統領が29日、会談を持ちかけるツイートをしたことといわれる。

外交官などの実務家は、それまでの経緯や一般的な手続きなどを意識せざるを得ないが、トランプ氏の行動はこれらを全てバイパスしたものだ。だとすれば、それに応じた金委員長にも、トップダウンの外交を好む点でトランプ氏との共通性をうかがえる。

2人のプロデューサー

米朝のトップダウン外交は、注目度を引き上げるとともに、交渉を再開させるという意味では大成功だった。

トランプ氏が軍事境界線を徒歩で超えるなどの展開に各国の報道陣は右往左往し、その混乱ぶりまで報じられた。それはさながら、かつてトランプ氏が手がけていたリアリティ番組のように、先の展開が読めない臨場感を視聴者に与えた。

これは番組プロデューサーとしてのトランプ氏の面目躍如ともいえる。

ただし、これは金委員長に関しても同じだ。「我々の素晴らしい関係がなければこの会談は実現しなかった」とトランプ氏を持ち上げ、歴代大統領とは違うと内外に宣伝したことでスペシャル感はさらに増した。

これが万能感や賞賛への渇望が強いトランプ氏を大いに満足させたことは疑いない。金委員長はトランプ氏の性格や考え方を研究してきたといわれる。だとすれば、トランプ大統領をご機嫌にさせて交渉再開に持ち込んだ金委員長もまた、この世紀のリアリティ番組のプロデューサーだったといえる。

トップダウンの落とし穴

ただし、それまでの経緯や実務的な手続きをバイパスしたトップダウン外交は、大胆な方針転換を可能にするが、いつでも成功するとは限らない。

それが機能した一例として、1989年の冷戦終結があげられる。

冷戦終結のスタートは、ソビエト連邦共産党書記長だったミハイル・ゴルバチョフが投げかけたボールをアメリカのロナルド・レーガン大統領(当時)がキャッチしたことにあった。この交渉は、トップダウン外交に向いた構造をしていたといえる。両国の政府・軍には相手への不信感が大きかったものの、交渉の核心部分で米ソの利害が一致していたからだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、中国関連企業に土地売却命令 ICBM格納施設に

ビジネス

ENEOSHD、発行済み株式の22.68%上限に自

ビジネス

ノボノルディスク、「ウゴービ」の試験で体重減少効果

ビジネス

豪カンタス航空、7月下旬から上海便運休 需要低迷で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 5

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 9

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 10

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story