コラム

「水泳をしない生徒は国家を分断させる」──フランスで進むイスラーム規制

2021年02月18日(木)14時45分

新法導入はマクロン大統領の選挙戦略の一環か(2021年2月16日) Francois Mori/Pool via REUTERS


・フランスではイスラームへの規制がこれまでになく強化されている

・そこには、イスラームの普及が国家分裂につながるという警戒感がある

・これを後押ししているのは、来年の大統領選挙に向けて右派の支持を取り込みたいマクロン大統領の選挙戦略である

フランスでは「国内の分断を防ぐ」ことを目的に新たな法律が審議されているが、これは結果的に新たな分断を生む危険を抱えている。

人前でプールに入りたくない人々

フランス議会で審議されている新法は、学校での水泳の授業に参加しない生徒について指導を強めることを盛り込んでいる。これがフランス国内で大きな論争のタネになっている。

水泳の授業に参加しない生徒の多くがムスリムだ。

イスラームの教義では女性が人前で髪や肌を露出させることが戒められている。そのため、「塩素アレルギー」などを理由に水泳の授業に参加しないムスリムの少女は珍しくなく、これまではある程度、学校側も大目に見ていた。

今回の法案はそれをひっくり返し、ムスリム少女にも水泳の授業に参加することを強要するものだ。それだけでなく、今回の法案では学校生活に宗教的シンボルを持ち込むことが禁じられ、イスラーム団体に対する政府の監督権の強化なども盛り込まれているため、フランスのイスラーム社会や人権団体から批判の声があがっているのだ。

フランスの法律よりイスラームの習慣

なぜフランス政府はイスラームへの締め付けを強めているのか。その大きな背景にあるのがテロだ。

フランスに暮らすムスリムは500万人以上にのぼり、その数はヨーロッパ諸国で最も多い。これを反映してフランスはこれまでヨーロッパで最もイスラーム過激派のテロにさらされてきた。昨年10月には、パリ近郊で預言者ムハンマドの風刺画を授業でたびたび用いていた教師が、首を切断されて殺害されている。

もっとも、ほとんどのムスリムはテロと関係ない。それでもフランス政府が規制を強めるのは、一夫多妻などフランスの法律に合わないものでもムスリムの習慣を守る者があるからだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story