コラム

欧米のアジア系ヘイトを外交に利用する中国──「人権」をめぐる宣伝戦

2021年04月07日(水)17時10分
アジア系ヘイトに抗議するデモ(ニューヨーク)

ニューヨークで行われたアジア系ヘイトに抗議するデモ(2021年4月3日) Jeenah Moon-REUTERS


・アメリカとの対立を背景に、中国の英字メディアはアメリカの人権問題を盛んに報じている。

・中国メディアが強調するアメリカの「二枚舌」は、途上国で響きやすい内容を含んでいる。

・バイデン政権にとってアジア系ヘイトの取り締まりは、国内問題であると同時に外交問題でもある。

欧米で広がるアジア系へのヘイトクライムは、人権問題をめぐって欧米と対立する中国にとって格好の外交手段になっており、その宣伝戦の主戦場は欧米の二枚舌に直面してきた途上国である。

人権を語る中国メディア

中国の英字メディアはこのところ、欧米でのアジア系ヘイトのニュースにいそがしい。

代表的な英字メディア、グローバル・タイムズは3月17日、その論説で「アジア系に対するヘイトにアメリカ社会はなぜ冷淡か」と問いかけ、アメリカに根深い白人至上主義の歴史を告発した。

中国中央電視台(CCTV)も3月20日、「アジア系ヘイトの蔓延はアメリカ政府が黒人の権利運動(BLM)に真剣に対応しなかった結果」と論じたうえで、「コロナウイルスのワクチンはできたが、ヘイトというウイルスのワクチンはいつできるのか」と皮肉っている。

さらに、新華社通信は3月25日、サンフランシスコの路上で白人男性に暴行された76歳のアジア系女性の話題を取り上げ、「アジア系ヘイトが膨れ上がるのは、アメリカが抱える人権の罪」と述べている。

「アメリカこそ人権を侵害している」

欧米で広がるアジア系ヘイトを中国系メディアが盛んに取り上げる背景には、欧米と中国の間でエスカレートする対立がある。

バイデンは昨年の大統領選挙で、香港デモの長期化や新疆ウイグル自治区におけるムスリム弾圧などを念頭に習近平国家主席を「悪党」と呼び、大統領に就任した後は制裁を強化してきた。「中国は人権を踏みにじる国」という世論形成は、ヨーロッパ諸国、オーストラリア、カナダなども加わった中国包囲網の一つの核心ともいえる。

これに対して、中国は「欧米、なかでもアメリカこそ人権侵害の本家」といわんばかりの主張を展開している。最近の中国メディアはヘイト以外にも、以下の2点をよく取り上げている。

・アフガニスタンからリビアに至るまで、アメリカはこれまで多くの市民の財産を焼き払い、その生命を奪ってきた

・「人権」の名の下に厳しいコロナ対策ができず、結局多くの人命が失われ、「生きる」という最優先の権利が損なわれている

激化する宣伝戦

こうした主張を「盗人猛々しい」と息巻く向きもあるだろう。しかし、中国に肩入れするわけでないと断ったうえで敢えていえば、こうした主張の内容に大きな事実誤認はない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story