コラム

ミャンマー軍政と対立する少数民族に中国がコロナワクチン接種をする理由

2021年05月14日(金)18時20分

UWSAとの同盟は、KIAが実質的に中国から支援を受けることを可能にした。香港メディア、アジア・タイムズの取材に対して、KIA幹部は「我々は中国と簡単に行き来できる」と述べており、ミャンマー政府が人道支援を規制するカチン避難民キャンプに中国から食料や医薬品が流入していると報じられる。

ミャンマー政府・軍を支援してきた中国にとって、KIAを「手なずける」ことは無駄ではない。KIAはミャンマー北東部のカチン州やシャン州北部を勢力圏にしているが、ここはミャンマー産天然ガスを中国へ向けて輸出するパイプラインが通る地域でもあり、その安全を確保するうえでKIAへの支援は役に立つ。

その結果、中国はミャンマー国軍とKIA(およびUWSA)の両方を支援してきたのであり、コロナ禍に直面する現在、ミャンマー政府向けにワクチンを送るのと同時にKIA支配地域でワクチン接種を進めていることは不思議でない。また、KIAが中国に出入りしているなら、なおさらワクチン接種を進める必要がある。

ワクチン接種は形式上あくまで民間団体である中国赤十字の人道活動なので、軍事政権も表立って文句はいいにくい。

リビアの二の舞はない

だとすると、内戦の危機が迫るミャンマーで情勢が今後どのように展開しても、中国はあまり困らないとみられる。

民主派を中心とする国民統一政府は5月5日、独自の部隊「国民防衛隊」の発足も発表し、KIAなど反政府少数民族の武装組織との連携を強化する方針を示した。

しかし、仮にミャンマーが全面的な内戦に陥り、軍事政権が敗れたとしても、民主派が頼みとするKIAやUWSAには中国が保険をかけている(インドメディアによると、その軍事活動の激しさからミャンマー国軍が最も警戒する西部の反政府組織アラカン軍にも中国の支援が渡っているという)。そのため、中国はいざとなれば軍事政権を切り捨てることもできる。

2011年に北アフリカのリビアで中国が支援していたカダフィ体制が崩壊し、西側が支援する反体制派が内戦に勝利した時、リビアの原油開発で大きな存在感をもっていた中国系企業が新体制のもとで一掃されたが、こうしたことはミャンマーでは想像しにくい。

逆にいえば、中国に対して分が悪いことが分かっているからこそ、リビアの場合と異なり、ミャンマー情勢に対して欧米は及び腰になりやすいともいえる。いざコトが起こってから外部が「自由」や「民主主義」を叫ぼうとも、ミャンマーが中国の引力から逃れるのは難しいのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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