コラム

映画『ゼロ・グラビティ』大ヒットに見る「3D映画」の現状

2013年10月29日(火)10時54分

 10月というのはアメリカの映画興行では、それほど重要な月ではないとされています。夏の「アクション大作」シーズン、冬の「オスカー狙いの人間ドラマ」シーズン、あるいはその前の「11月の感謝祭休暇」からも外れているからです。月末にハロウィンがあることから、ホラー映画の季節(今年の場合は『キャリー』のリメイク)ということはありますが、そんなに大きな市場はありません。

 その10月としては記録的なヒットとなっているのが3D宇宙SFの『グラビティ(重力)』(アルフォンソ・キュアロン監督)です。既に全世界で3億6400万ドル(約360億円)を売り上げています。ちなみに、この作品は『ゼロ・グラビティ』という邦題で日本ではお正月映画の扱いになるようです。ですから、以降はストーリーに関するお話は一切避けることにします。

 この作品ですが、ヒットの理由としては主演のサンドラ・ブロックの驚異的な演技、それも古典劇や前衛劇並みの極めて高度な「一人芝居」のクオリティにあるのですが、それと同時に3Dの映像の素晴らしさという要素が大きいと思います。

 ここ数年、ハリウッドでは3Dの映画作品が増えてきました。基本的に「アクション大作」と「家族連れ向けのCGアニメ大作」というカテゴリでは、ほぼ100%が3Dになっていて、シネコンでは18ドルとか20ドルというチケットの高額化に寄与しています。

 ですが、現時点では「本当に優れた3D映画」というのはまだ少ないとされています。つまり、爆炎が飛び出したり、景色に奥行きがあったりというギミック的な「ビックリ効果」ばかりであって、3Dを活かした心理表現というのは少ないというわけです。

 多くの映画評論家は、そんな中で『アバター』(ジェームズ・キャメロン監督、2009年)と、『ヒューゴの不思議な発明』(マーティン・スコセッシ監督、2011年)の2作は3D表現の開拓に「意味のある」作品であって、今回の『ゼロ・グラビティ』はこの2作に続くものだという評価が一般的です。

 この「3D効果」ということに関しても、「ネタバレ」になりますので、詳しくはお話できませんが、『ゼロ・グラビティ』では、宇宙空間の奥行き、周回軌道から見た地球の大きさと遠さといった空間のリアリティを表現することに特に細心の注意が払われており、確かに3Dの映像表現としてエポックメイキングな作品であることは間違いないと思います。

 では、これで改めて良質な3D映画の制作がブームになったり、改めて家庭用の3Dソフトが売れたりするのでしょうか? そう簡単ではないと思います。『アバター』から『ゼロ・グラビティ』に4年かかっているという事実は重たいと思うのです。

『アバター』という作品が本格的な3D映画時代の幕開けになったのは、勿論、空中を浮遊する島という独特の世界観を表現したからですが、その『アバター』の冒頭では、無重力状態の中で浮遊する1つの水滴で「3Dの世界」への幕が開かれます。この水滴ということでは、今回の『ゼロ・グラビティ』でもある重要な意味合いを持つ「水滴の浮遊」が表現されるのですが、「3Dによる水滴の浮遊」という映像表現に別の意味が与えられるのに4年かかっているわけです。

 その4年間に、芸術という意味での映像表現として3Dが何を達成してきたのかというと、『アバター』の浮かぶ島、『ヒューゴの不思議な発明』における少年の孤独感や、そして今回の『ゼロ・グラビティ』における宇宙空間の表現と地球からの「隔絶感」くらいでしょう。アニメの中では『トイ・ストリー3』での「オモチャのキャラクター」を3D化した表現が、「リアルな空間以上の超現実性を持ってくる効果」は素晴らしかったと思います。

 後は数多くのアクション映画で、空間に浮かぶコンピュータディスプレイの派手な表現とか、アクションの表現といった「擬似リアリズム」が主で、3Dならではの新鮮な映像表現、つまり現実以上の現実感を持たせる「マジック」というのは、本当に少しずつしか生まれてきていないのです。

 考えてみれば、『アバター』の成功に驚いた日本と韓国の家電メーカーは、一気に3D対応のディスプレイがビッグビジネスになるとして大騒ぎしたわけですが、現在では通常の製品の多くが付加的な機能として3Dにもなるというだけで、テレビという製品カテゴリの「コモデティ化」を防止する決定打にはなりませんでした。そのような4年という時の流れの中で、肝心の3D映像表現というのはそれこそ一歩一歩コツコツと進んできただけなのです。

 その一方で、クリストファー・ノーラン監督(『バットマン』三部作、『インセプション』など)や、日本のスタジオジブリなど「物理的には2Dの映像を通じて、3Dの心理的効果を得る」ような表現に価値を見出す中で、物理的な3D技術とは距離を置く考え方もあるわけですが、私は3Dの映像表現には、まだまだ可能性はあると思います。

「仮想の3D映像」が「現実以上の現実感」を生み出すには、まだまだ試行錯誤が必要なのだと思います。映画界は、3D映像の録画・再生というインフラは生み出しましたが、それを使って豊かな表現を創造するだけの文化はまだ生み出していません。ハードが先行して、ソフトは決定的に遅れているのです。そんな中で、キュアロン監督の今回の『ゼロ・グラビティ』は一見の価値のある作品に仕上がっていると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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