コラム

イラン核合意離脱でわかる、トランプ政権の行動パターン

2018年05月10日(木)16時00分

政権内もギクシャクしています。離脱を発表した大統領の横には、ジョン・ボルトン安全保障補佐官が不気味な笑みを浮かべていました。そのボルトンは、イランへの経済制裁再開に際して「違反したEU諸国は経済制裁してやる」などという、おそろしい発言をしています。その一方で、ムニューシン財務長官は「欧州諸国の対イランの経済活動をどうするかは未定」として、明確な「温度差」を見せています。こんな「閣内不統一」を見せては、相手に足元を見られるだけです。

国連との協調、特に国際原子力機関(IAEA)による核査察では、違反行為は出てきていません。それにも関わらず合意から離脱し、制裁を再開するというのでは、国連の権威、IAEA体制の権威もあったものではありません。北朝鮮の場合は、核放棄合意後にはIAEAによる厳格な査察が必要ですが、これでは、今からその足を引っ張っているようなものです。

一番の問題は、トランプ政権の行動パターンを読まれているということです。実利を追うのでもなく、長期的な方針があるのでもなく、一貫した理念があるわけでもない、ただただ有権者の中のコアの支持者が喜ぶような「劇場型の政治ショー」として最も効果的な演出をしたい、それだけの理由で動いていることが明らかになってしまいました。

これでは、相手の思う壺と言わざるを得ません。このニュースと前後して、ポンペオ国務長官が平壌入りして、拘束されていたアメリカ市民3人の釈放が発表されましたが、同時に金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、専用機で中国東北部へ飛んで習近平国家主席と再度の中朝首脳会談を行っています。

もしかしたら「トランプの手の内は読めた」ので、もう少し自分たちに有利な条件に「落とし所をずらす」ことにしようと、そのために中国との調整を行おうということかもしれません。

そうなると、懸念されるのは「相当に悪いシナリオ」が実現してしまう可能性です。つまり「核弾頭は段階的に破棄、ICBMも破棄、短中距離ミサイルは維持、拉致被害者は返さない、韓国との交流はシンボル的なものに限定、経済の自由化は限定的、その代わり中国の援助は堂々と増額、在韓米軍は縮小、国連軍は解散」というシナリオです。

そこでトランプ政権は、「東アジアのパワーバランスの変化、とりわけ台湾海峡の安定のためには、日本に軍拡を要求する、その上で金食い虫であるF22戦闘機の技術など、日本相手の商談を思い切り吹っ掛ける」、そんな要求を押しつけてくるかもしれません。その意味で、日本の安倍晋三首相が今回、中国の李克強首相、韓国の文在寅大統領との三者会談を行なったのは良い事だと思います。


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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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