コラム

『天気の子』、米アカデミー賞でのハードルは何か?

2019年09月05日(木)19時20分

そうではあるのですが、現在のアメリカでは気候変動というのは、政治的な対立の材料になっており、その対立が先鋭化している状況です。対立というのは、温暖化が人間の営みの結果であって、その対策として排出ガスの抑制を強く進めるべきなのか、そうではないのか、という問題です。

例えば、今回ハリケーンの「ドリアン」は非常に強い勢力を保ったまま停滞することで、バハマ諸島の中の、特にグランド・バハマ島に壊滅的な被害をもたらしました。また、2017年9月にドミニカとプエルトリコを襲ったハリケーン「マリア」の被害も記憶に新しいところです。

温暖化理論に賛成する人々は、こうしたハリケーン被害が近年深刻になっているのは、排出ガスの増加に原因があるとして一刻も早い対策を主張しています。その急先鋒である、アレクサンドリア・オカシオコルテス議員は「グリーン・ニューディール」という政策を発表して、大統領選にも影響を与えていますが、彼女の危機感のルーツには両親の故郷であるプエルトリコの被災という問題があるのです。

現在は、この「グリーン・ニューディール」の中の炭素税制度創設の問題が、民主党内では喫緊の課題となっていますが、そこにはハリケーン「ドリアン」で水没したグランド・バハマ島のイメージが、リアルタイムで重なってきています。

そうしたアメリカの政治状況を前提にしますと、もしかしたら『天気の子』における気候変動の描き方は、あまりにも「非政治的」であり、アメリカの若者には物足りなさを感じさせるかもしれません。例えば、アカデミー賞というのも、実は極めて政治的なイベントであることを考えると、この点が一つのハードルになるかもしれません。

その一方で、作品を実際に目にすれば、その完成度の高さも含めて「気象現象に関する政治を超えた世界観としてのメッセージ」が、アメリカの若者にも共感を呼び起こす可能性も十分にあると思います。アメリカでの公開と反響が楽しみに待たれます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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