コラム

新型コロナ対策であぶり出された「日本型危機」

2020年04月24日(金)17時00分

2)そのような危機感があったとして、だからこそ「準備」期間の「時間を稼ぐ」ために感染拡大を「遅らせる」ことを国策としてきたわけです。また、「時間稼ぎ」ということでは、クラスター戦略にしても、そもそも衛生観念の普及した社会ということでも、一定の効果があったはずです。

それにもかかわらず「準備」は追いついていません。例えばPCR検査の件数を増やす問題に関しては、2月時点で方針は決まっていたにもかかわらず実現はできていません。そこには、陽性イコール入院という厳格な対応を維持しているために検査が増やせないとか、検体採取の安全性確保、陽性者の診察体制など様々な受け皿の問題があったわけです。

その流れからすれば、守旧派を批判して改革を迫るという種類の議論が考えられます。ですが、そもそも医療行政というのは、厳格な制度や前例をベースに慎重に運用されてきたわけで、それを急に変えてしまうと「かえって命が守れない」という恐怖も現場にはあるのだと思います。一方で、危機が仮にある水準を越えてしまった場合には、今度は変えないと命が守れないフェーズになります。その場合に備えて、叩くのではなく変化を支える議論ができないか、現状はそこを誠実にやり切る局面なのかもしれません。

権力に対する世論の不信

3)その一方で、このような「日本型危機」が進行しているとして、どうして対人接触率抑制の政策が十分に発動できないのかという問題があります。特に強制力の行使がどうして躊躇されるのかというのは、例えば「10人強の婚約式があるという情報だけで警察が来て解散命令を出す」というニュージャージーから見ていると、確かに全く違う世界に思えます。

ここにも日本型の危機があります。江戸時代以来の「お上と庶民」が対立する相互不信が今でもカルチャーとして残っていることがまず指摘できます。強制と補償は表裏一体という理屈もそこから来ていると思います。一方で、補償を大規模にすると、バブル崩壊以降の経済被害、そして震災や豪雨被害とのバランスという問題もあるでしょう。そんな中で、行政においても権力の行使やコミュニケーションに神経を使う、それがこの国の「国のかたち」あるいは「国柄」としてあるのだと思います。

そう考えると、世論は権力ゲームの匂いのする政治家や、組織防衛の匂いのする官僚の言葉は信じないし、強制されることは忌避するという事実を、政治は前提として動くしかないということになります。首相より都知事が前面に出てくるとか、リスクコミュニケーションは専門家に頼るということでは、アメリカにも似た構図がありますが、日本の方が更に困難な事情を抱えた中で、行政手腕が厳しく問われてしまっているのだと思います。

このように、日本にあるのは抜き差しならない事情から来る「日本式危機」です。既に疲弊していた医療の現場を、あるいは脆弱な国内経済を、どうやったら崩壊させずにコロナ危機を乗り越えることができるのか、政治と世論の相互信頼はどうやったら可能になるのか、今回の連休というのはあらためて実現可能なオプションを並べつつ検討し直すタイミングなのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米3月求人件数848.8万件、約3年ぶり低水準 労

ビジネス

米ADP民間雇用、4月は19.2万人増 予想上回る

ビジネス

EXCLUSIVE-米シティ、融資で多額損失発生も

ビジネス

イエレン米財務長官、FRB独立の重要性など主張へ 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story