コラム

大統領権限の抑制に繋がりかねない、トランプ式「根拠なき」非常事態宣言

2019年03月01日(金)18時00分

アメリカの大統領像を書き換えたセオドア・ルーズベルト Library of Congress-Corbis-VCG/GETTY IMAGES

<メキシコ国境に壁を造るための根拠なき非常事態宣言は、議会に権力抑制の口実を与えかねない>

行政府の長としての権限をやたらと振り回すトランプ米大統領をどう理解すればいいのか。簡単な説明は、合衆国憲法をいじり回す史上まれに見る人物というものだ。しかし、この説明では大統領という存在の歴史的位置付けが見えてこない。

大統領が強力な行政権限を持つ今の時代には信じ難い話だが、かつてアメリカの大統領は単なる事務作業の責任者にすぎなかった。憲法が規定する三権の筆頭は議会であり、大統領の役割は、議会が決めた法律を実行することだった。

この大統領の性格は、公共の場での活躍が限られていたことにも表れている。大統領は公の席で訴えることはめったにせず、舞台裏での議会との交渉に力を入れていた。

それが変わるきっかけはセオドア・ルーズベルト(在職1901~09年)だった。米政治史上最もパワフルでエネルギッシュな人物だったルーズベルトは、並外れたカリスマ性で従来の大統領像を書き換え始めた。

しかし、全てを変えたのは1913年の憲法修正だった。それ以前は州政府が連邦議会の上院議員を選ぶ仕組みで、エリート層の意見に従順な政治家を量産していた。だが、このときの憲法修正で上院議員は国民による直接選挙になった。

この修正は行政府の長の影響力をも強め、大統領は議会との交渉を省略して国民に直接訴えかけるようになった。議員たちの再選のカギを握る有権者のご機嫌を取り、国民を直接動かすことで、大統領は議会に対して優位に立つことができた。

大統領は1人なので主張や意見も1つだが、議会は不協和音だらけの百家争鳴。両者の政治的優劣は決定的になった。

自信の裏付けを得た大統領は、さらに権力拡大の手段を増やしていった。なかでも特に重要なのが、議会の同意を必要としない大統領令と非常事態宣言だ。こうして大統領は完全に政治の主導権を握ることになった。

本物の危機ではないのに

明らかにトランプは、ルーズベルト時代から大統領権限の強化が進んだ事実を意識している。大統領による一方的な非常事態宣言は、朝鮮戦争中の1950年にトルーマン大統領が宣言したのが最初だ。

この非常事態はその後20年以上続き、議会は76年になって国家非常事態法を成立させ、非常事態宣言は半年以内に議会の承認を得なければならないようにした。ただし、議会が大統領の宣言を制限するために動いたことは一度もない。

77年就任のカーター大統領から現在までに、7人の大統領が50以上の国家非常事態を宣言している。信じられないことに、そのうち32は今も有効だ。つまりアメリカは少なくとも形式上、現在まで恒久的に非常事態が続いていることになる。大統領令を含む行政権限に頼ったという点では、前任のオバマ大統領もトランプと大差ない。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・メキシコ首脳が電話会談、不法移民や国境管理を協

ワールド

パリのソルボンヌ大学でガザ抗議活動、警察が排除 キ

ビジネス

日銀が利上げなら「かなり深刻」な景気後退=元IMF

ビジネス

独CPI、4月は2.4%上昇に加速 コア・サービス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story