最新記事

BOOKS

ラッパーECDの死後、妻の写真家・植本一子が綴った濃密な人間関係

2019年6月24日(月)15時30分
印南敦史(作家、書評家)


 石田さんが亡くなり、これまで以上に頑張らなくてはいけない場面が増えたが、私は一人で抱えようとするのをやめた。抱えきれずに取りこぼしてしまう前に、最初から誰かに預けてみる。今里さんや、野間さん夫婦をはじめ、周りにいる人たちみんなで娘たちを育てたいと思っている。それはこれまで以上に心強く、視界が開けるような気さえするのだ。(115ページ「二〇一八年 四月〜六月」より)


ハッと目を覚ますとあたりは真っ暗、子ども達もいつの間にか学校から帰って来ている。時刻は19時過ぎ、夕飯がどうやっても作れそうにない、というより起き上がれない。「野間さんに夕飯食べさせてくださいって伝えて......」と子ども達を野間さん家へ送り出す。バタッとまた眠ってしまったらしく、気づくと娘たちは帰って来ていた。夕飯はもりそばだったと言う。野間さんにお礼の連絡。娘たちの就寝と入れ替わりで起き上がり、風呂に入ってから原稿書き。今日こそ0時には寝て、時差ぼけを直したい。(143〜144ページ「二〇一八年 四月〜六月」より)

新たな出会いに偏った見方をする人もいるかもしれないが

さて、章が「秋 二〇一八年十月」に進むと、読者はちょっとした違和感と出合うことになる。5月の時点で「二月にあった名古屋の私の写真展に遊びに来ていた若い男の子で、今年の四月から東京で働いている」と紹介されている"ミツくん"から、いつの間にか"くん"が外されているのだ。そしてその頃から、彼は著者の家に半同居の状態となる。

石田さんを中心とした家族とはまた違った集合体が誕生したのだ。結婚する気はないとはっきり明言しているとはいえ、形はともかく、これは新たな人間関係のかたちである。そしてそれが、著者と娘たちをさりげなく支えていくことになる。


 9時半に八王子着。今日の撮影のクライアントのMさんに会うのは一年ぶり。(中略)
 最近何か面白いことありましたか?と聞かれ、一緒に暮らしている人がいるという話をする。
「私の本を読んでいて、写真展に来てくれた時に知り合ったんです」
 ミツのことをどんな風に説明しても、年の差があるというだけで、何か後ろめたさを感じてしまう自分がいる。逆に自分が聞かされる立場だとしても、怪しい、胡散臭い、いかがわしいと思わざるを得ない。そしてその年の差について考える時、どうしても石田さんと自分のことが頭によぎる。今回は私が年上であり、ミツとの間については、何かと思うことがある。でも、石田さんとの年の差のことで、自分が問題に思うことは、一度もなかった。年の差云々よりも、ただ人として石田さんを見ていた。石田さんはどんな風に、年の差や私のことを考えていたのだろう。(168ページ「二〇一八年 十月」より)

この時点で、著者は34歳、一方の"ミツ"は24歳だ。そして石田さんは著者より24歳年上だった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 6

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 9

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 10

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中