10代の少年が教えてくれた「生きる知恵」――パリの裏側で生きる難民それぞれの物語
家族でアフガニスタンを出たのが、タリサ(15)と、母、父、兄の4人家族だ。日常的に起こるテロや爆発から逃げ出すべく、3年前に家族で車に乗ってイランに行き、その後電車などでトルコ、東欧を渡ってフランスに辿り着いた。
12歳から旅を続けているのに、タリサは英語が上手だ。目を輝かせて、将来の夢を教えてくれた。「将来は通訳の仕事をしたい!英語が大好きだから、ユーチューブで学んだわ。今後、もっと語学力を上達させたい」
試練を乗り越えた、10代の少年が教えてくれた「生きる知恵」
ポルト・ド・ラ・シャペルで話した青年の多くが、10代後半、20代前半だ。
コートジボワール出身の17歳の少年アハメッドは、辛い体験を語ってくれた。
「地中海をボートで渡るのは、生きるか死ぬかの覚悟だ。でも、それよりも苦痛なのがリビアの収容センターでの経験だ。秩序は乱れ、毎日拷問、暴力が行われていた。ニュースで報じられていることは、本当に起こっている。お金を恐喝され、持っていなかったから殺されている人もいた」
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普通ならトラウマになってもおかしくない状況だが、アハメッドは穏やかな口調で話す。彼の精神力の強さの秘密を聞いてみた。
「僕たちアフリカ人の多くは、空、土、木など外界をきちんと見て、感じて、繋がって生きている。だから、自分たちの周囲だけでなく、恐れなく誰とでも接することができるし、トラブルが起きても、冷静に対処ができる。先進国の人たちは、小さな事に『恐れ』を見出して怯えながら生きている印象だ。
今回、一連の出来事を実際に体験したことから、世界情勢もニュースで毎日チェックし、詳しくなった。すべての出来事が、僕に新たな知識を与えて成長させてくれる」
今回、ポルト・ド・ラ・シャペルで難民たちと話して感じたことが、「危険」より「安心感」だった。
ここで暮らす多くの人は暴力への不安、喉の渇き、戦争や殺害のトラウマがあるはずだ。それにも関わらず、水や食べ物を分け合い、質問に真摯に答えてくれる――。そこには個人主義とは程遠い「助け合い」の精神が溢れている。これが本物の人間の「威厳」というものなのかもしれない。
[執筆者]
西川彩奈
フランス在住ジャーナリスト。1988年、大阪生まれ。2014年よりフランスを拠点に、欧州社会のレポートやインタビュー記事の執筆活動に携わる。過去には、アラブ首長国連邦とイタリアに在住した経験があり、中東、欧州の各地を旅して現地社会への知見を深めることが趣味。女性のキャリアなどについて、女性誌『コスモポリタン』などに寄稿。パリ政治学院の生徒が運営する難民支援グループに所属し、ヨーロッパの難民問題に関する取材プロジェクトなども行う。日仏プレス協会(Association de Presse France-Japon)のメンバー。
Ayana.nishikawa@gmail.com