最新記事

台湾

中台関係改善の絶好の機会を、習近平は逃した

2019年1月21日(月)11時30分
デレク・グロスマン(ランド研究所防衛担当上級アナリスト)

年初から習近平と激しい言葉の応酬を続ける台湾の蔡英文 ASHLEY PON-BLOOMBERG/GETTY IMAGES

<売り言葉に買い言葉で極限まで悪化する中台関係。「一国二制度」を迫る中国に反発する蔡政権だが>

約3年前の2015年11月、当時の台湾総統馬英九(マー・インチウ)と中国の習近平(シー・チンピン)国家主席がシンガポールで顔を合わせ、史上初の中台首脳会談が行われた。間もなく任期を終えようとしていた馬と突然の会談を行った習には、狙いがあった。2016年1月の台湾総統選挙が間近に迫るなか、独立志向の最大野党・民進党の蔡英文(ツァイ・インウェン)の優勢が伝えられていた。

馬を取り込んでおけば将来、蔡政権を弱体化させられるのでは――中国はそうみたのかもしれない。習はまた、会談によって、蔡も馬と同様に「92年コンセンサス(九二共識)」を受け入れざるを得ない立場になると考えた。「一つの中国」の原則を堅持しつつ、その意味の解釈は各自で異なることを認める、とした1992年の中台間の合意だ。

現状は、中台関係改善とは正反対の方向に向かっている。新年を迎えるや、習と蔡は激しい舌戦を繰り広げだした。まずは蔡が新年の談話で、中台交流の「4条件」を発表。台湾の存在を認めること、台湾の自由と民主主義を尊重すること、平和的かつ対等に対処すること、政府や公的機関のみを通じて対話すること、を列挙した。

習は翌日、中国が1979年に平和統一を呼び掛けた「台湾同胞に告げる書」の40周年記念式典で演説。92年コンセンサスの「一つの中国」の「意味の解釈の違い」を容認するどころか、「一つの中国原則」の解釈しかあり得ないとする考えを示した。さらに、将来的な枠組みとして「一国二制度」を台湾に迫った。

これに対し蔡は、「私たちは92年コンセンサスを受け入れたことはなく」、台湾は「決して『一国二制度』を受け入れない」と談話を発表。蔡政権発足以来続く中台間の「冷たい平和」は、さらに凍り付いた。

反中国で与野党が連携?

関係悪化の責任の大半は、習にある。習は「中国の夢」実現には、台湾との再統一が不可欠と位置付けてきた。一方で習はこれまで、台湾の態度を測るリトマス試験紙として、92年コンセンサス(前述のとおり今となっては「一つの中国」を意味する)を使ってきた。

残念ながら中国は、中台関係改善の絶好の機会を逃したのかもしれない。中国から分離主義者のごとく見なされている蔡だが、実際には現実的で中国の良きパートナーになる可能性を示してきた。蔡はこれまで、口には出さずとも92年コンセンサスを堅持してきたし、台湾独立を強硬に叫ぶ勢力からも距離を置いてきた。何より、「中台関係の現状維持」を掲げている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 7

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中