最新記事

ブレグジット

EU離脱後の英国の進路──打ち砕かれた残留派の願い。離脱派の期待も実現しないおそれ

2020年2月14日(金)13時45分
伊藤 さゆり(ニッセイ基礎研究所)

前途多難な移行期間、ジョンソン首相の手腕が試される narvikk-iStock

<EUを離脱したイギリスは移行期間に入ったが、国民の支持を損なわずにEUとの協議をまとめるのは至難の業だ。2020年、ジョンソン政権が避けて通れない課題と予測されるシナリオとは>

*この記事は、ニッセイ基礎研究所レポート(2020年2月7日付)からの転載です。

英国がEU離脱を実現した。16年6月の国民投票以降、3年半にわたる迷走が続いたが、19年12月の総選挙での与党・保守党の大勝で離脱関連法案の手続きが一気に進んだ[図表1]。

Nissei200213_1.jpg

保守党大勝の構図

与党・保守党の勝利の最大の要因は、EU離脱への争点の絞り込みに成功したことにある。

保守党が新たに議席を獲得したイングランドの北部・中部の鉱工業地帯は、数十年にわたり労働党が牙城としてきた「赤い壁」と呼ばれる地域。暮らし向きの改善を託して国民投票で離脱を支持した。

保守党は政権公約も手堅くまとめた。17年の総選挙でメイ前首相が、社会保険料負担の引き上げなどを盛り込んだことが批判と不安を招き、議席を大きく減らしたことを教訓にしたのだろう。離脱を実現した上で、国民が不安を抱く、国家医療サービス(NHS)、教育、治安対策を強化するというメッセージは明確だった。また、財政緊縮と決別する象徴として、任期中の5年間の所得税、付加価値税(VAT),社会保険料の据え置きも約束した。他方、20年1月から予定していた現在19%の法人税の引き下げを見送り、企業寄りとの批判を浴びるリスクを回避した。

保守党の大勝は、最大野党・労働党の失点でもたらされた面もある。「EUと再交渉後、再国民投票を実施する」という離脱戦略は、北部・中部の離脱派だけでなく、国民投票の結果を尊重すべき、あるいは、離脱を巡る迷走に早く終止符を打ちたいと考える有権者の離反を招いた。左派色の強い公約にも問題があった。法人税や富裕層への増税を財源にNHSの強化や教育無償化などを進め、鉄道、郵便、水道、一部通信事業の民営化などで国家の介入拡大を指向する公約は、一部で強く支持されたが、裾野は広がらず、他の野党との連携を阻害した。

総選挙の結果の評価にあたっては、保守党の大勝が、英国の有権者が一気にEU離脱支持に傾いた結果ではないことに注意が必要だ。保守党は議席数では過半数を大きく上回ったが、得票率は43.6%で、離脱党と合わせても得票率は45.6%と過半数に届かない。労働党と自由民主党(LDP)、スコットランド民族党(SNP)、緑の党、プライド・カムリなど残留を支持した政党の得票率の合計を下回る。

離脱後の英・EU関係

20年1月末の英国のEU離脱とともに英国とEUは、20年末までの「移行期間」に入った。「将来の関係に関する協定(以下、将来関係協定)」を協議する期間として、従来の関係が維持されている。

しかし、この先、「移行期間」終了時に、「将来関係協定」が発効できなければ、環境が激変する「無秩序な離脱」となる[図表2]。

Nissei200213_2.jpg

「離脱協定」では、「移行期間」は7月1日より前に英国とEUが合意すれば、1回限り、1年ないし2年の延長が認められる。しかし、ジョンソン首相は「移行期間」は延長しない公約で選挙に勝利、「離脱協定法案」にも延長禁止を盛り込んだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年2月以来の低水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    走行中なのに運転手を殴打、バスは建物に衝突...衝撃…

  • 7

    ロシア黒海艦隊「最古の艦艇」がウクライナ軍による…

  • 8

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中