最新記事

環境問題

途上国を襲う殺人的猛暑で、先進国に問われる道義的責任とは?

CLIMATE INJUSTICE

2022年8月4日(木)17時18分
モジタバ・サデギ(ボイシ州立大学助教)、ジョン・アバトゾグル(カリフォルニア大学マーセド校准教授)、モハマド・レザ・アリザデフ(マギル大学の研究者)
熱波

パナマのバナナ農園で働くインド人労働者が水をがぶ飲み JAN SOCHORーLATINCONTENT/GETTY IMAGES

<熱波への迅速な措置がとれない途上国。地球温暖化の原因の1つである温室効果ガスを排出してきた先進国には、低コストの電力設備や冷房技術など、支援と投資が大急ぎで求められる>

途上国を訪れているとき熱波に見舞われると、なぜ貧しい国が気候変動の最悪の影響に直面しているのか、すぐに分かる。ほとんどの家にはエアコンがなく、診療所でさえ室温が異常に高くなることがあるのだ。

こうした国は、世界で最も暑い地域にあることが多く、地球温暖化に伴い危険な熱波に見舞われる可能性が高まっている。

気候学者と経済学者、そしてエンジニアから成るわれわれのチームの研究で、2060年までに世界の最貧困諸国が熱波に見舞われる確率は、富裕国の2~5倍も高いことが分かった。また、今世紀末には、世界の人口の最も貧しい25%がさらされる暑さの量(暑熱暴露量)は、それ以外の75%と同じ量になるだろう。

熱波が話題になるときは、その頻度や激しさが注目されることが多いが、暑さに対する脆弱性はそれ以上に大きな意味を持つ。熱波がどのくらい大きな被害をもたらすかは、冷房やそのための電力など、猛暑に適応する能力があるかどうかに大きく左右される。

われわれは過去40年間に起きた世界の熱波を分析した上で、気候モデルを用いて未来を予測した。その際、各国が気温上昇に適応し、暑熱暴露のリスクを低減する能力がどのくらいあるかの予想も織り込んだ。

その結果、富裕国は温暖化に適応するための措置に迅速に投資することにより、暑熱にもろにさらされるリスクを抑えることができるが、最貧困国(つまり適応措置が遅れる可能性が高い地域)では、暑熱リスクが高まることが分かった。

熱波は極めて多くの死者をもたらし得る気候・気象関連災害の1つであり、農作物や家畜、インフラにも破壊的な被害をもたらす可能性がある。現在、世界人口の約30%が、気温と湿度が致死的レベルに達する日が年間20日以上ある地域に住んでおり、その日数は増え続けている。

冷房施設や涼しい家屋を造る技術、都市計画、そして暑さを軽減するデザインといった適応措置を取れば、暑熱の影響はある程度緩和できる。だが、こうした措置を取れるかどうかは、その国の経済力や統治能力、文化、知識に左右される。その点、貧困は大きなハンディキャップになってくる。

先進国より15年遅れる対策

多くの途上国は、将来温暖化が進んだとき、自然災害から国民を守るどころか、基本的な行政サービスでさえ提供するのに苦労するだろう。国連環境計画(UNEP)の「適応ギャップ報告書」に基づき計算すると、世界の最も貧しい25%が住む国は、最富裕国と比べて、温暖化への適応が平均15年遅れている。

220802p26_NPA_02.jpg

インドの首都圏郊外で給水車から飲料水をくむ人々 KABIR JHANGIANIーPACIFIC PRESSーLIGHTROCKET/GETTY IMAGES

ここ数十年を振り返ってみても、2010年代に熱波が到来した日数は、1980年代より60%増えた(ここでいう熱波とは、最高気温がその地域の過去最高気温にほぼ近いか超える日が3日以上続く現象と定義される)。

また、熱波の起こる時期が長くなり、夏の初めと終わりにも熱波が起こることが増えた。これは暑さによる死者の増加を招く可能性がある。

われわれの分析では、2010年代の世界の最貧困層25%の平均的な暑熱暴露量は、最富裕層25%の暑熱暴露量よりも40%超多かった。具体的には、最貧困層の暴露量は年間約24億人日(熱波にさらされた人口に熱波の日数を掛けた数字)だったのに対して、最富裕層は17億人日だった。

それなのに貧困国における熱波リスクは、先進国では見落とされがちだ。これは、多くの貧困国が熱波による死者数を継続的に記録していないせいもあるだろう。

2030年代までに、世界の人口の最貧困層25%の暑熱暴露量は123億人日となり、残りの75%の暴露量は153億人日となるだろう。さらに2090年代には、どちらも198億人日になる。つまり世界の25%の人の暑熱暴露量が、残りの75%の合計と同じになるのだ。

これは、貧困国も含めて世界が温暖化適応措置に投資することが、気候由来の災害による死者を抑える上で決定的に重要になることを改めて示している。

先進工業国は、地球温暖化の大きな原因の1つである温室効果ガスの大部分を排出してきた。これらの国は10年以上前、貧困国が気候変動に適応し、その影響を緩和するために、2020年までに年間1000億ドルを拠出すると約束した。だが、2022年の今も、この金額は達成できていない。

その間にも気候変動により途上国が被る経済的損失は、2030年までに年間2900億~5800億ドルに達し、さらに増えていくだろう。

低コストのマイクログリッド(小規模電力網)や冷房技術など、企業や研究機関が技術開発のリーダーシップを取ることもできるはずだ。貧困国が気候変動に適応して、壊滅的な熱波の影響を回避できるように、世界は投資と支援を大急ぎで拡大する必要がある。

The Conversation

Mojtaba Sadegh, Assistant Professor of Civil Engineering, Boise State University; John Abatzoglou, Associate Professor of Engineering, University of California, Merced, and Mohammad Reza Alizadeh, Ph.D. Candidate in Engineering, McGill University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

20240514issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月14日号(5月8日発売)は「岸田のホンネ」特集。金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口……岸田文雄首相が本誌単独取材で語った「転換点の日本」

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インタビュー:円安対応、日銀は利上げ待つべき=渡辺

ワールド

ネタニヤフ氏、バイデン大統領との意見相違「乗り越え

ビジネス

米、中国製EVなどに関税発動へ=ブルームバーグ

ビジネス

米ロブロックス、通期業績見通しを下方修正 株価急落
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 2

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽しく疲れをとる方法

  • 3

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 4

    上半身裸の女性バックダンサーと「がっつりキス」...…

  • 5

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 6

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 10

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中