コラム

朝日新聞記事で考えた、五輪風刺イラストの「ストライサンド効果」

2020年08月05日(水)16時45分
トニー・ラズロ

筆者提供

<今春、日本外国特派員協会の会報誌が東京五輪エンブレムとコロナのイメージを合体させた表紙で発行され、騒動になった。だが、日本の大会組織委員会が伏せたいはずのあのイラストは結局、世界に拡散される羽目に。なぜそうなったのか>

かつて「could have been(だったかもしれない)と言うな」と言った詩人がいたが、2020年7月24日は東京五輪開会式が予定されていた日。朝日新聞もそれを意識してか、7月14日付朝刊に「五輪エンブレム著作権騒動」の関連インタビューを掲載した。

大会組織委員会を怒らせたあのイラストが紙面に添えられているのを見て、僕は一瞬目を丸くした。そして、「ストライサンド効果」について考えた。米芸能界の大物バーブラ・ストライサンドの邸宅の写真がネットに載せられ、公開を差し止めようと訴訟を起こすとかえって拡散したという、約20年前の事件に由来するこの現象が、いま日本で浮上しているのか。

発端は今春。日本外国特派員協会(FCCJ)の会報誌4月号がほぼ出来上がって、もう少しで印刷しようとするその時、東京五輪の「コロナ延期」が決定したニュースを耳にしたアートデザイナーのアンドルー・ポセケリが新しい表紙案を提案した。東京五輪のエンブレムと新型コロナウイルスのイメージを合体させたものだ。延期というビッグニュースを表すのにぴったりと思ったグレゴリー・スター編集長は、その新しい表紙に差し替えて発行に踏み切った。

FCCJの会員は約2000人で、会報誌の読者はほとんどその会員のみだ。それでも、エンブレムをいじったものがこの小さな雑誌の表紙に載ったのを知った大会組織委員会は、発行の約1カ月半後にFCCJに抗議した。FCCJは理事会協議の上、すぐさま記者会見で「不快な思いをされた各方面の方々に心よりおわび申し上げる」と謝罪、著作権侵害の可能性があるとして問題の表紙を取り下げた。

しかし、FCCJ内ではこの決断に対して激しく反対する会員が目立っている。ただの風刺だと反発し、問題のイラストを掲げて記者会見に参加した人もいた。

僕はもしも自分が会報誌の編集長だったらどうしていたかと考える。あのイラストをあのタイミングで渡されたら、表紙にする方向に気持ちが傾くかもしれない。ただ、その4月号には五輪延期の記事が一切載っていなかったことも事実。表紙と中身が一致しないのは気になる。また、FCCJの社会的立場を意識しなくてはならない。一般的な情報誌ではないので、「これだ!」というクリエーティブな本能をひとまず抑え、この挑発的なデザインを採用すべきでないと考えるだろう。たぶん、自分なら最終的に表紙を差し替えなかった。たぶん。

【関連記事】「日本にも政治風刺はある、強かったのは太平洋戦争のとき」早坂隆×パックン

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、金利据え置き インフレ巡る「進展の欠如」指

ビジネス

米3月求人件数848.8万件、約3年ぶり低水準 労

ビジネス

米ADP民間雇用、4月は19.2万人増 予想上回る

ビジネス

EXCLUSIVE-米シティ、融資で多額損失発生も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story